ハンガリーの会社法が定める会社形態と会社設立手続

ハンガリーは、ヨーロッパにおけるビジネス展開の拠点として、日本の企業や投資家から近年注目を集めています。その最大の魅力は、EU加盟国の中でも突出して低い法人税率にあります。ハンガリーの法人税率は一律9%であり、これは日本の法人税率(約23.2%)と比較しても顕著な優位性を持っています。
本記事では、ハンガリーへの事業進出を検討している日本の経営者や法務部員を主な読者とし、ハンガリーにおける主要な会社形態の法的性質、設立手続き、および運営上の留意点を詳細に解説します。特に、日本の法制度との比較を通じて、ハンガリーの会社法を既存の知識体系に照らし合わせて理解できるよう、専門的かつ実務的な観点から分析を行います。
この記事の目次
ハンガリーにおける会社形態
ハンガリー会社法の法源と特徴
ハンガリーの法体系は、日本と同じく大陸法系に属し、法律(成文法)が主たる法源となります。会社法の主要な法源は、民法典(Act V of 2013 on the Civil Code)の第3編に規定されるとともに、会社情報、会社登記及び清算手続に関する法律(Act V of 2006 on Public Company Information, Company Registration and Winding-up Proceedings)によって設立・運営の手続きが詳細に定められています。ハンガリー法はEU法との調和が進んでおり、その会社形態や手続きは他のEU加盟国と類似しています。
会社形態の一覧と日本法との比較
ハンガリーの会社法は、以下の主要な会社形態を定めています。
ハンガリーの会社形態 | 責任形態 | 日本の会社形態 | 備考 |
---|---|---|---|
Kft. (Korlátolt felelősségű társaság) | 有限責任 | 合同会社 (LLC) | 外国人投資家に最も人気のある形態 |
Zrt. (Zártkörűen működő részvénytársaság) | 有限責任 | 非公開株式会社 | 株式譲渡が制限され、非公開で運営される |
Nyrt. (Nyilvánosan működő részvénytársaság) | 有限責任 | 公開株式会社 | 株式が証券取引所で公開取引される |
Bt. (Betéti társaság) | 一部無限責任 | 合資会社 | 無限責任社員と有限責任社員から構成される |
Kkt. (Közkereseti társaság) | 無限責任 | 合名会社 | 全員が無限責任を負う |
会社形態選択のポイント
Kft.は柔軟な運営が可能で、設立コストも比較的抑えられるため、日本の合同会社と同様の特性を持ちます。一方、Zrt.とNyrt.は株式を発行し、より厳格なガバナンスが求められる点で、日本の株式会社と共通しています。
また、Bt.(合資会社)やKkt.(合名会社)といった会社形態は、最低資本金が法律で定められていないという利点があるものの、事業の債務に対して、メンバーの一部または全員が個人として無限の責任を負うことになります。日本の商慣習においても、合名会社や合資会社が選択されることは稀であり、同様にハンガリーにおいても、これらの形態が外国人投資家の現実的な選択肢となることはほとんどありません。
ハンガリー進出の際には、通常、有限責任を享受できるKft.やZrt.が検討の対象となります。
ハンガリーの主要会社形態

最も一般的な有限責任会社(Kft.)
Kft.(有限責任会社)は、その柔軟性と有限責任の保護から、ハンガリーへの外国企業進出において最も一般的な選択肢となっています。
Kft.の設立には、最低300万ハンガリーフォリント(HUF)の資本金が求められます。この資本金は、現金または現物出資(知的財産権を含む)によって払い込むことが可能です。
日本の会社法、特に株式会社では、設立時に資本金の全額払込が原則として義務付けられています。これに対し、ハンガリーのKft.には柔軟な資本金払込の仕組みが存在します。定款に規定を設けることで、設立時に最低資本金の全額を払い込む必要はなく、一部を未払込とすることが認められています。この規定は、設立初期の資金負担を軽減する大きなメリットとなりえます。
しかし、この柔軟性には重要な制約が伴います。法律上、未払込資本金の全額が払い込まれるまでは、メンバーに対して配当を行うことができません。このルールは、単なる手続き上の違いではなく、設立後のキャッシュフロー管理や利益分配計画に直接影響を及ぼします。事業者は、初期の資金繰りの容易さと、その後の利益分配の制約を比較検討し、戦略的な資本政策を立てる必要があります。
Kft.の最高機関はメンバー会議であり、日常の業務執行は一人または複数のマネージャー(Manager)が担います。マネージャーは自然人であることが義務付けられています。また、監査役会の設置は、資本金が5,000万HUFを超えるか、年間平均従業員数が200人を超える場合に義務付けられます。
株式を基盤とする株式有限責任会社(Zrt. & Nyrt.)
株式有限責任会社には、非公開のZrt.と公開のNyrt.の2つの形態が存在します。これらは、株式を発行し、株主の責任がその出資額に限定される点で、日本の株式会社と本質的に同一の性質を持ちます。
まず、Zrt.(非公開会社)の設立には、最低500万HUFの資本金が求められます。これはKft.の最低資本金を上回る金額です。Zrt.はKft.よりも高い資本要件と厳格なガバナンス構造を持つため、大規模な資金調達や国際的な共同事業、あるいは長期的なブランドイメージを重視する場合に選択されます。
日本の商慣習において、合同会社(GK)よりも株式会社(KK)の方が、特に銀行からの信用や伝統的な取引先との関係構築において有利とされることがあります。この構造はハンガリーにおいても同様で、Zrt.がKft.よりも高い対外的な信用度を持つと考えられています。設立コストや手続きの迅速性を優先するスタートアップはKft.を、一方で、将来の成長戦略や外部からの資金調達を視野に入れる企業は、設立コストが高くともZrt.を選択する方が、長期的に見て賢明な判断となる可能性があります。
Zrt.の株主名簿は、50%超の株式を保有する株主を除き、公開されません。これは、匿名性を求める投資家にとって一つのメリットとなりえます。
一方、Nyrt.(公開会社)は、設立に最低2,000万HUFの資本金を要し、株式が証券取引所で公開取引される形態です。これは、大規模な事業や公募増資を前提とする場合に適しており、日本の上場企業としての株式会社に相当します。
ハンガリーでの会社設立手続き
設立プロセスの全体像
ハンガリーでの会社設立は、通常、以下のステップで進行します。
- コンサルティングと意思決定:会社形態、商号、事業目的、代表者などを決定します。
- 定款等の準備:ハンガリーの弁護士が定款(Articles of Association)や設立趣意書(Deed of Foundation)を作成します。
- 書類への署名:設立者や代表者が書類に署名します。
- オンラインでの登記申請:弁護士が署名済みの書類を登記裁判所に電子的に申請します。
- 登記完了:登記裁判所が会社登録番号、税番号、VAT番号を発行します。
- 銀行口座開設:設立完了後、事業用銀行口座を開設します。
弁護士の役割とリモート設立の実務
ハンガリーの会社設立において、現地の弁護士の関与は法令上の必須要件です。弁護士は、定款等の作成だけでなく、その内容が法令に準拠していることを確認し、署名することでその真正性を保証します。
一部のサービスプロバイダーは「100%リモート」での会社設立を謳っていますが 、これは登記手続き自体の電子化を指すものであり、現実には課題が存在します。事業運営に不可欠な銀行口座の開設は、多くの銀行がマネーロンダリング防止等の観点から、代表者の厳格な本人確認を求めており、現地での対面を必須とするケースが依然として多数です。このため、登記手続き自体はリモートで完了できても、その後の銀行口座開設のために代表者がハンガリーへ渡航する必要が生じる可能性は高いと思われます。
登記手続きと必要書類
会社設立の登記手続きは、オンラインの電子システムを通じて行われ、迅速に完了します。書類に不備がなければ、通常1〜3営業日以内に登記が完了します。設立申請には、以下の書類が一般的に必要となります。
- 設立者・代表者全員のパスポートコピー
- 住所証明書類
- 定款または設立趣意書
- 署名見本
- ハンガリー国内の登記住所の証明
設立後の法的義務とコンプライアンス
会社設立後も、以下の継続的な法的義務を遵守する必要があります。
- 登記住所の維持:会社はハンガリー国内に登記住所を確保し、維持する義務があります。
- VAT登録:VAT登録は会社登記と同時に自動的に行われます。
- 会計士の雇用:法律上、ハンガリーの会社には現地の会計士の雇用が義務付けられています。年間財務諸表の作成・提出や、その他の税務申告を円滑に行うためには、信頼できる現地の専門家チームとの連携が不可欠です。
2026年ハンガリー新会社法の法改正
現在、ハンガリーでは新会社法(Act XCII of 2021)が制定されており、その施行が2026年1月に予定されています。この新法は、会社登記手続きの自動化を主な目的としています。これは、登記裁判所の業務負荷を軽減し、手続きを大幅に迅速化するためのものです。
しかし、その実態は、手続きの自動化と引き換えに、申請書類の不備に対する裁判所の裁量が大幅に排除されることを意味します。現行法では、裁判官の裁量で書類の補正が認められることがありますが、新法下では、形式的な不備であっても自動的に申請が却下され、最初からやり直す必要があります。これにより、手続きの合法性に関する責任は、これまで以上に弁護士側に集中することになります。これは、迅速な設立手続きを望む日本の経営者にとって、安価なサービスを求めるのではなく、専門性と責任感を兼ね備えた信頼できる弁護士を選択することが、より一層重要となることを示しています。
また、新法は個人情報保護の強化も図っており、取締役や株主の住所が公開情報から除外され、代わりに「出生地」が登記情報として記録されるようになります。これは、プライバシーを懸念する外国人投資家にとって歓迎すべき変更点です。
まとめ
ハンガリーにおける会社設立は、EU最低水準の法人税率や地理的優位性から、日本の企業にとって非常に魅力的な選択肢となりえます。しかし、成功を収めるためには、日本の法制度との違いを正確に理解し、実務上の課題を事前に把握しておくことが不可欠です。
まず、会社形態の選択は、事業規模や将来の成長戦略に応じて、柔軟性と簡便性を重視するならKft.、対外的な信用力や長期的な資金調達を見据えるならZrt.が適切な選択肢となります。
会社設立はゴールではなく、ハンガリーでの事業展開の始まりに過ぎません。法律上の義務により、定款作成から登記、そしてその後の会計処理に至るまで、現地の弁護士や会計士の支援は不可欠です。特に、銀行口座開設はリモート設立の障壁となる可能性があるため、事前に専門家と連携して慎重に計画を立てる必要があります。
2026年施行予定の新会社法のように、法制度は常に変化しています。専門家と連携を保ち、継続的な法的義務を遵守し、最新の法改正動向を把握することが、ハンガリーでの安定的かつ成功的な事業運営の鍵となります。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務