スリランカ民主社会主義共和国の契約法および不動産法に関する解説

スリランカは、インド洋の戦略的な要衝に位置し、多様な文化と経済的可能性を秘めた国です。ただ、その法制度は、日本の大陸法(Civil Law)体系とは大きく異なる歴史的背景を持っています。スリランカの民法は、英国コモンローと、オランダの植民地時代に導入されたローマ・オランダ法の混合体系であり、このハイブリッドな性質が、日本法には存在しない独自の法概念や要件を生み出しています。
本稿では、特に日本の法律実務者が直面しがちな「契約法」と「不動産関連法」における重要な違いに焦点を当て、具体的な法令を根拠として解説いたします。無償の約束が法的に無効となる可能性があること、電子契約の法的有効性の範囲、そして外国人が土地を所有する際の厳しい規制と、それを回避するための合法的な手段について、詳細に解説いたします。本稿が、貴社のスリランカでの法的リスクを低減し、円滑な事業展開を進める一助となれば幸いです。
この記事の目次
スリランカの契約法の基本原則
「約因(Consideration)」または「原因(Causa)」の要件
スリランカの契約法を理解する上で、その法的根拠がコモンローとローマ・オランダ法の混合体系であることに留意する必要があります。契約の成立要件において、日本法とは根本的に異なる概念が存在するからです。
スリランカ法において有効な契約を成立させるためには、当事者間の申込み(Offer)と承諾(Acceptance)が合致し、法的関係を築く意思(Intention to create legal relations)が存在することが不可欠です。これらの要件は、日本法における「意思の合致」と類似していると言えます。しかし、スリランカ法ではさらに、契約当事者の能力、契約目的の適法性、そして「約因(Consideration)」または「原因(Causa)」の要件が求められます。
特に、日本の法律実務者が留意すべきは、この「約因」と「原因」の概念です。日本の民法では、契約は当事者間の意思が合致すれば成立し、その契約が有償であるか無償であるかは、原則として契約の有効性には影響しません。しかし、スリランカの法体系では、この点に大きな違いが見られます。
まず前提として、コモンローにおける「約因」は、契約が法的に強制力を持つために、各当事者が相手方に対して提供する「対価」を指します。これは、金銭や物品、サービス、約束など、何らかの交換を伴うものです。つまり、純粋なコモンロー系の国々では、「対価」のない契約は、法的に有効な契約としては認められません。
一方、ローマ・オランダ法の「原因(Causa)」は、約束が法的に拘束力を持つための「根拠、理由、目的」を指す、より広範な概念です。この概念には、道徳的義務といった、コモンローの約因には含まれないものが含まれると解釈される場合もあります。
この前提の上で、スリランカの契約法においては、コモンローの「約因(Consideration)」だけでなく、ローマ・オランダ法の「原因(Causa)」という概念が支配的であるとされています。このため、スリランカでは単純な「対価」がない無償の約束であっても、それを実行するに足る正当な「理由」があれば、法的に有効な契約と認められる可能性があると言えます。
契約法における代表的な判例
スリランカの契約法に関する重要な概念は、過去の判例を通じて形成されてきました。特に、約因(Consideration)と原因(Causa)の概念を理解する上で重要な判例をいくつかご紹介します。
Lipton v. Buchanan (1904) 8 NLR 49では、債権者であるLが、債務者の1人であるFが負債の一部を支払ったことを受け、もう1人の債務者であるBに対する回収手段を尽くすまではFを訴えないと約束した事案において、この約束に「正当な原因(justa causa)」が存在すると判断し、その合意が法的に有効であると認めた裁判例です。この裁判例が、スリランカの法体系において、コモンローの約因の原則が一般的に優先されるわけではないこと、代わりに、ローマ・オランダ法の原因(causa)の概念が一般的であり、これは約束が法的に拘束力を持つための「根拠、理由、目的」を意味することを示したものと言われています。
次に、Jayawickrema v. Amarasuriya (1918) 20 NLR 293は、約因の概念が道徳的義務を含む可能性をさらに明確にしました。この事案では、被相続人が亡くなった後、その財産が遺言によって特定の相続人に引き継がれました。この遺言によって、もう一人の相続人(妹)は実質的な財産の提供を受けることができませんでした。その後、遺産をすべて相続した相続人(兄)は、妹に対して財産を分け与えるという道徳的義務を認識し、妹に金銭を支払うことを約束しました。この約束は、妹が訴訟を起こすという脅威を排除するための和解の一部でした。判決では、ローマ・オランダ法の原因(causa)の概念は、道徳的義務のように、コモンローの約因には通常含まれないものを包含することが認められました。このことから、スリランカの法体系では、単純な対価の交換がなくても、道徳的義務といった正当な理由があれば、契約は有効に成立しうるという原則が確立されたと言えます。
これらの判例は、スリランカの契約法が単なる有償・無償の交換という視点ではなく、約束の背後にある「理由」や「目的」を重視するという法理を持つことを示しています。ただ、そういったものを含む原因(causa)の概念は必要であり、これを欠く契約は法的に有効となりません。この点は、日本でスリランカとの契約を検討する際に、特に注意を払うべき重要な違いです。
スリランカの電子契約と電子署名の有効性
スリランカの電子取引法(Electronic Transactions Act No. 19 of 2006)は、電子商取引を促進することを目的として、電子署名や電子文書に法的有効性を与えています。これは、日本の電子署名法などと共通する現代的な法律実務の進展と言えます。
電子取引法(以下「ETA」)は、電子的なデータメッセージ、電子文書、電子記録が、法的効力、有効性、強制力を否定されるべきではないと定めています。これにより、物理的な書面や署名が法律で要求される場合でも、要件を満たす電子文書がその代わりとなり得ます。ETAは、電子記録が裁判での証拠として認められることを規定しており、一般的な商業契約においては、電子署名が物理的な署名と同等に扱われます。
しかし、ETAは電子署名の法的有効性を認めている一方で、特定の種類の文書や取引には例外を設けています。例えば、不動産の譲渡や信託、遺言、公正証書による代理権委任状など、伝統的な法律によって厳格な形式要件が定められている取引については、依然として手書き署名や公証人による認証が必須とされています。これは、スリランカの法体系に存在する、デジタル化の「非連続性」を表しています。一般的な商取引はデジタル化の恩恵を受けている一方で、不動産取引のような重大な案件については、詐欺防止条例(Prevention of Frauds Ordinance)のような伝統的な法令が定める書面と公証という厳格な手続きが維持されているのです。日本の事業者がこの違いを認識せずに進めると、契約の有効性に関する重大なリスクを負う可能性があるため、特に注意が必要です。
スリランカにおける不動産関連の法制度

外国人による不動産取得
スリランカへの事業展開において、不動産の取得は重要な課題です。スリランカは、外国人による土地所有を厳しく規制しており、その法制度は日本のそれとは大きく異なります。
スリランカでは、土地(譲渡制限)法(Land (Restrictions on Alienation) Act No. 38 of 2014)により、外国人、外国企業、または外国資本が50%以上を保有するスリランカ法人によるフリーホールド(Freehold)土地の直接所有が原則として禁止されています。この法律は2013年1月1日に遡って発効しています。この法律の前文には、これが「グローバル統合環境の背景の中で政府によって促進されている開発政策の推進の一環」であり、「土地の使用を持続可能な方法で規制すること」を目的としていると明記されています。このことは、単に外国人の土地所有を制限するだけでなく、国家の資源である土地を、外国人による無秩序な投機から守り、持続可能な発展という国家政策に沿って管理するという明確な意図が存在することを示しています。
このような厳しい規制がある一方で、外国人投資家が合法的に不動産を取得するための複数の代替手段が認められています。
- コンドミニアムの所有:特定のコンドミニアム(通常は地上4階以上)については、外国人がフリーホールドで直接所有することが可能です。これは、海外からの投資を奨励する政策の一環と言えます。
- 長期リース:フリーホールド土地の代替として、最大99年間の長期リース契約を締結することが可能です。リースの場合、土地の市場価値に応じて印紙税(Stamp Duty)が課税されます。
- 現地法人による所有:外国資本が50%未満のスリランカ法人を設立し、その法人を通じてフリーホールド土地を取得することも認められています。この場合、外国資本比率が50%未満を維持する必要があります。
不動産売買契約の形式要件
スリランカでの不動産取引は、非常に厳格な形式要件が定められています。詐欺防止条例(Prevention of Frauds Ordinance)第2条に基づき、不動産の売買、譲渡、抵当権設定に関する証書は、必ず書面で作成され、公証人(notary public)の面前で2名の証人が同時に立ち会って、関係者全員が署名と捺印(拇印)を行う必要があります。さらに、資金移動については、外国から送金される資金は、スリランカ国内の銀行に開設されたインワード・インベストメント・アカウント(Inward Investment Account, IIA)を通じて送金される必要があります。これは、規制遵守を確保し、将来の資金の本国送還を円滑に行うために不可欠な手続きです。
また、不動産取引にかかる税制は変動する可能性があるため、注意が必要です。外国人が負担する印紙税は、不動産購入時には最初の10万ルピーに対して3%、残額に対して4%です。一方、VATは、VAT登録事業者が販売するコンドミニアムの購入時に18%が課税されます。また、資本利得税(Capital Gains Tax)は、資産売却益に対して10%が課されます。過去には外国人向けの土地リース税が2017年に廃止され、VATの税率は2024年1月に15%から18%に引き上げられました。これらの税制変更は、外国人投資家のリターンに直接影響を与えるため、投資家は最新の情報を常に確認し、長期的な投資計画にその変動リスクを織り込む必要があります。
まとめ
スリランカの法制度は、英国コモンローとローマ・オランダ法の混合体系という独自の背景から、日本の実務とは大きく異なる側面を持っています。特に、契約法における「原因(Causa)」の概念は、無償の約束の有効性を左右する重要な要素であり、日本の「意思の合致」のみで契約が成立するという考え方とは一線を画します。また、不動産取引においては、外国人による土地の直接所有が制限される一方で、コンドミニアム所有や長期リース、現地法人を通じた取得といった代替手段が存在しますが、これらは厳格な公証手続きと資金移動の要件を満たす必要があります。
これらの複雑な法規制は、現地の法的専門知識なくしては、意図しないリスクやコンプライアンス違反につながる可能性があります。安易な自己判断は、思わぬ法的トラブルを招くことになりかねません。
モノリス法律事務所は、こうしたスリランカの法務に関する専門的な知見を有し、お客様の事業展開における契約締結から不動産取引、会社設立に至るまで、包括的なサポートを提供しております。スリランカでのビジネス展開をご検討の際は、ぜひ弊所にご相談ください。
関連取扱分野:国際法務・海外事業
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務