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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

2024年介護報酬改定による減算リスク回避のための三大コンプライアンス要件と必要な法的対応

2024年度(令和6年度)の介護報酬改定は、3年に一度の制度見直しの中でも、特に介護・福祉事業主に対する「法的なリスク管理体制の確立」を強く迫る画期的な転換点となりました。改定率自体はプラスとなりましたが、その実態は、運営基準の義務化を大幅に強化し、体制の不備が確認された場合に介護報酬が減算されるという、経営に直結する財務リスクを直接的に組み込んだ点にあります。このリスクは、従来の行政指導や指定取消しといった公法上のペナルティに加え、事業所の財務を直撃する新たな法的脅威として認識すべきです。

事業主が直面する主要な課題は、業務継続計画(BCP)の策定、高齢者虐待防止措置、そして身体拘束等の適正化という三つの重要なコンプライアンス要件であり、これらを組織的に実行していることを客観的な記録によって証明できなければ、減算リスクに直面します。利用者との契約書、各種指針、日々の記録は、もはや単なる形式的な書類ではなく、行政監査における運営基準遵守の証明書であり、万が一の事故やトラブルが発生した際の法的防御壁としての役割を担います。

本記事では、この減算リスクを回避し、また、指定取消しや訴訟への防衛を図るため、2024年改定の中心的な義務と、事業主が直ちに着手すべき具体的なコンプライアンス戦略を解説します。

2024年介護報酬改定によるコンプライアンスリスクの財務化

今回の改定の最大の焦点は、介護職員の処遇改善(+0.98%)を含めた全体で+1.59%の改定率という構造の裏側で、以下の三つの重要な運営基準義務化に伴う減算措置が導入・強化されたことです。この措置は、法令遵守の不備が即座に収益減につながるという、厳しい仕組みです。減算は、体制不備が判明した月の翌月から、改善が認められる月まで、利用者全員の所定単位数から適用され、最低でも3ヶ月間は継続されると定められています。

業務継続計画(BCP)未策定減算の厳格化

災害や感染症発生時にもサービスの継続性を確保するための業務継続計画(BCP)の策定は、全てのサービス事業所に対して義務化されています。BCPが感染症対策および自然災害対策のいずれか、または両方が未策定の場合、減算の対象となります。

減算単位は、施設・居住系サービスでは所定単位数の3%が、その他のサービスでは1%が減算されます。ただし、訪問系サービス、福祉用具貸与、居宅介護支援については、令和7年3月31日までの間、減算の適用が猶予されていますが、BCP策定の義務そのものは既に発生しているため、猶予期間終了を待たずに速やかな策定と実行体制の構築が必須です。

BCPの未策定は、行政指導の対象となるだけでなく、大規模災害発生時にサービス提供ができず、利用者との契約責任(安全配慮義務違反)を問われる民事訴訟リスクにも繋がるため、単なる減算回避以上の法的意義があります。

高齢者虐待防止措置未実施減算と身体拘束適正化

高齢者虐待の防止措置(指針策定、委員会設置、定期的研修の実施)と、それに密接に関連する身体拘束等の適正化に向けた措置は、人格尊重義務の履行を担保するための運営基準上の必須項目です。これらの措置が適切に講じられていない場合、「虐待防止措置未実施減算」が適用されます。

この減算のインパクトは大きく、施設・居住系サービスでは所定単位数の10%、その他のサービスでは1%が減算されます。特に施設系サービスにおいては、10%という減算率は経営を直撃します。不適切な身体拘束や不当な隔離行為は、「人格尊重義務違反」として高齢者虐待と見なされ、指定取消し処分に至る重大なリスクがあるため、指針の策定と運用は、人権擁護と事業継続のための最重要課題となります。

業務継続(BCP)未策定減算高齢者虐待防止措置未実施減算身体拘束等の適正化
措置の義務化内容感染症対策および自然災害対策を包含したBCPの策定と、それに基づく措置を講じること虐待防止指針策定、委員会設置、定期的研修の実施身体拘束適正化のための指針策定、委員会設置、研修の実施
減算適用時期(経過措置)訪問系サービス、福祉用具貸与、居宅介護支援は令和7年3月31日まで猶予(義務自体は発生)
それ以外は2024年4月1日より適用
居宅療養管理指導、特定福祉用具販売を除く全サービスで適用開始2024年4月1日より適用
措置未実施の場合の減算単位施設・居住系サービス:所定単位数の3%減算
その他のサービス:所定単位数の1%減算。
施設・居住系サービス:所定単位数の10%減算
その他のサービス:所定単位数の1%減算
施設・居住系サービス:所定単位数の10%減算
その他のサービス:所定単位数の1%減算

法的防御のために必要な介護事業所の対応

法的防御のために必要な対応

減算リスク、行政処分リスク、そして訴訟リスクの三方から事業所を守るため、事業主は以下の具体的タスクを組織的に実行し、その証拠となる文書を速やかに整備する必要があります。

BCP策定後の訓練・見直しの徹底

BCPは、単に策定すれば良いというものではなく、法的には、策定したBCPに基づき、定期的な見直し、職員への研修、および訓練を実施することが義務付けられています。リスク環境(自然災害の頻発化、サイバー攻撃の高度化など)は年々変化し、組織や業務内容も変わるため、BCPを定期的な見直し(例:年1回の総点検や、災害発生後の即時見直し)を通じて最新のリスクに適応させなければ、実務上の有効性を失います。机上訓練や実地訓練を通じて、従業員が緊急時の手順を理解し、実行できる体制を維持し、その記録を残すことが、行政監査でBCPが機能していることを証明する重要な証拠となります。

身体拘束等の適正化のための三つの証拠

身体拘束の適正化の措置は、指針の存在だけでなく、組織的な意思決定と実行体制の証明が行政指導の焦点となります。これを証明するためには、以下の三つの「組織的証拠」の確立が不可欠です。

まず、身体拘束適正化のための指針を策定し、拘束が原則禁止であることを示し、やむを得ない場合の厳格な3要件(切迫性・非代替性・一時性)とその手続きを明文化することです。特に「非代替性」の立証が重要であり、拘束を回避するために検討し、実行した全ての代替策とその効果がなかった具体的な理由を、指針に裏付けられた手続きとして文書で詳細に記録する義務があります。

次に、身体拘束適正化検討委員会を年1回以上開催し、拘束の実施状況の調査や個別事例の検討を行い、その議事録を作成・保管することです。委員会は、指針の理念が組織的に実行されていることを証明する重要な証拠となります。

最後に、全従業者に対し、虐待防止・身体拘束の適正化に関する定期的な研修を年1回以上実施し、その実施記録を保管することが必須です。この研修記録は、全職員への周知徹底の証拠であり、減算を避けるための必須要件です。

さらに、策定した指針や運営規程などの重要事項をウェブサイト等で公表し、利用者等が自由に閲覧できる状態にすることも義務付けられています。

利用者契約書の包括的見直しとリスク対応

利用者契約書は、行政監査における運営基準遵守の証明書として機能する重要な法的文書です。

まず、利用者との契約書に、事業者の義務として人権尊重や身体拘束禁止の義務、介護事故発生時の家族・行政への速やかな連絡義務を明文化することが不可欠です。これにより、行政監査への防御策となると同時に、事故発生後の家族・行政との信頼維持を強化します。

次に、サービスの適正性を担保するため、個別支援計画に基づく定期的なモニタリング(6か月に1回以上)を実施する旨を契約書に明文化し、その実施記録を徹底することで、運営基準遵守の証明となります。

また、事業者側からの契約解除(退所)には、法令による厳しい制約があるため、契約書に「他の利用者に対する著しい人権侵害行為」「長期間にわたる利用料の滞納」など、典型的な解除事由を明記するだけでなく、解除に際して事前の十分な指導、改善機会の提供といったプロセスを厳格に踏み、その経過を記録に残す旨を規定しなければ、不当な提供拒否と判断されるリスクがあります。

就労継続支援A/B型における労務リスクへの対応

なお、就労継続支援事業所では、「賃金」と「工賃」の法的区別が労務リスクの核心です。A型(雇用型)は労働基準法上の「賃金」を支払い最低賃金が保障されますが、B型(非雇用型)は活動に応じた「工賃」であり、最低賃金法の保障はありません。

就労継続支援A型事業所は、利用者との契約書や給与規程において、「賃金」と「工賃」の用語を厳格に区別し、雇用契約に基づく賃金規程として明確に反映させることが求められます。A型事業者が誤って「工賃」という用語を使用したり、実態が雇用契約と見なされる活動を提供していたりした場合、最低賃金保障義務違反となり、未払い賃金の遡及支払(バックペイ)による致命的な財務リスクを招きます。

訴訟リスクに備える「法的証拠」としての介護事業所の記録管理体制

訴訟リスクに備える「法的証拠」としての記録管理体制

行政指導や減算リスクに加え、介護事故訴訟における民事上の損害賠償責任も事業継続を脅かします。訴訟において事業者が問われるのは、民法上の安全配慮義務を尽くしたか、すなわち「事故の予見可能性」と「結果回避義務」の有無です。

リスクアセスメントと対策記録の連動

事業者は、日常的にリスクを特定し、軽減策を決定する「リスクアセスメント」を定期的に実施し、その結果と、それに基づき講じた具体的な安全対策を詳細に記録に残さなければなりません。この記録こそが、事業者が結果回避義務を履行したことを示す決定的な法的証拠となります。事故発生時の経緯、原因、対策について全職員が共通認識を持てるよう作成された事故報告書は、施設が安全配慮義務を果たしていたことの強力な裏付けとなります。

身体拘束中の「努力の証拠」としての記録の質

身体拘束の事例では、拘束が例外的に許容されるのは「一時性」が担保された場合のみです。判例が示す教訓として、緊急時の拘束であっても、職員が深夜に長時間にわたり代替努力(オムツ交換、水分補給、声かけなど)を尽くし、速やかに拘束を解除しようとした事実が、詳細な記録によって証明されたことで、事業者が損害賠償責任の防御材料となった事例があります。形式的な拘束時間の記録だけでなく、その間に尽くされたケア努力と代替策の試行を詳細に文書化することが、法的な防御の要となります。

まとめ:介護報酬減算リスクについては弁護士に相談を

2024年度介護報酬改定は、介護業界における法令遵守を、事業継続のための最優先リスクマネジメントへと位置づけ直しました。BCPの未策定、虐待防止措置の不備、身体拘束の運用不徹底といったコンプライアンスの欠陥は、今後、減算という直接的な財務リスクとして、事業経営を直撃します。

事業主が採るべき戦略は、利用者契約書、工賃支給規程、身体拘束指針といった全ての法的文書を、最新の法令と行政指導の動向に合わせて整備し、その内容を組織の実務で実行していることを詳細な記録によって裏付けることです。記録の形骸化は、行政指導や指定取消し、訴訟リスクを高める最大の要因です。この文書と実務の整合性を確保し、法的な防御を早期に固めることが、事業の安定的な継続と成長を可能にするための要諦です。 

当事務所による対策のご案内

モノリス法律事務所は、この複雑化する介護・障害福祉分野の法令要件と、それが事業継続に与える影響を深く理解しています。最新の法令改正や行政の指導動向を踏まえ、貴社の実情に合わせた実効性の高い規程策定、契約書整備、および関連文書の整備を通じて、法人全体の法的防御を早期に確立し、事業の安定的な継続と成長を可能にするためのサポートをいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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