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EUの証券取引所連合であるユーロネクストの概要と上場基準の解説

EUの証券取引所連合であるユーロネクストの概要と上場基準の解説

欧州最大の証券取引所グループであるユーロネクストは、その独特の構造と多様な市場へのアクセス可能性から、多くの企業の注目を集めています。ユーロネクストは、単一の国の取引所ではなく、パリ、アムステルダム、ミラノ、ブリュッセル、ダブリン、オスロ、リスボンといった欧州の主要な金融センターに存在する各国の証券取引所が統合された、汎ヨーロッパ的な金融インフラです。これにより、一つの取引所に上場するだけで、欧州全域の広範な投資家層へのアクセスが可能となります。

本記事では、ユーロネクストがどのようにして複数の取引所を一つのプラットフォームに統合しているのか、その組織構造と規制の枠組みについて解説します。特に、全市場に共通する「Harmonised Rules(共通規則)」と、各国特有の事情を反映した「Specific Rules(各国個別規則)」という二層構造の規制体系は、ユーロネクストを理解する上で不可欠です。

次に、企業の成長段階や規模に応じて設計された、ユーロネクストの多層的な市場セグメントを詳述します。グローバル企業が名を連ねる主市場の「Euronext(規制市場)」、中堅・成長企業向けの「Euronext Growth」、そしてスタートアップ企業のための「Euronext Access」という三つの市場は、それぞれ異なる上場基準と開示義務を設けています。

さらに、ユーロネクストの主市場における主要な上場基準を、日本の制度との比較を交えながら分析します。株式の分布(浮動株)要件、財務諸表の要件、そしてコーポレート・ガバナンスに関する考え方など、日本とは異なるアプローチが求められる点もあれば、類似する制度も存在します。特に、日本企業にとって大きなメリットとなりうる点、例えば日本の会計基準(Japanese GAAP)が一定の条件下で認められることや、日本でも馴染みのある「コンプライ・オア・エクスプレイン(遵守か説明か)」原則に基づくガバナンス報告など、実務上重要なポイントを深掘りします。

EUのユーロネクストとは

複数の証券取引所からなる汎ヨーロッパ市場

ユーロネクストは、アムステルダム、ブリュッセル、ダブリン、リスボン、ミラノ、オスロ、そしてパリの各証券取引所を運営する、欧州を代表する取引所グループです。2023年9月末時点でも、約35カ国から約1,900社が上場し、その時価総額は合計で6.2兆ユーロに達するなど、取引高および売買代金の両面で欧州最大の規模を誇ります。

ユーロネクストの最大の特徴は、これらの複数の取引所が「Optiq」と呼ばれる単一の取引プラットフォームと単一のオーダーブック(注文板)を通じて運営されている点にあります。すなわち、例えばユーロネクスト・パリに上場している企業の株式は、アムステルダムやミラノの投資家からもシームレスに売買されます。この統合された構造により、ユーロネクストがカバーする欧州全域の広範な投資家層と流動性プールへのアクセスが可能になります。

ただし、注意すべき点として、ある一つのユーロネクスト市場(例:パリ)への上場が、自動的に他の全てのユーロネクスト市場(例:アムステルダム)への上場を意味するわけではありません。しかし、既にあるユーロネクスト市場に上場しているという事実は、他のユーロネクスト市場への追加上場や同時上場を検討する際に、手続きを簡素化するための基礎として利用することができます。

統括的な「Harmonised Rules」と各国特有の「Specific Rules」

ユーロネクストの規制体系は、その連邦的な構造を反映した、二層構造となっています。この規制は「Euronext Rule Book」にまとめられており、主に二つのパートから構成されています。

第一に、「Book I:Harmonised Rules(共通規則)」です。これは、ユーロネクストを構成する全ての市場に共通して適用される、統一された規則群です。会員資格、取引ルール、そして上場希望企業にとって最も重要となる「第6章:取引への承認および発行者の継続的義務(Chapter 6:Admission to Trading and Continuing Obligations of Issuers)」などがここで定められています。この共通規則は、欧州連合(EU)レベルでの金融市場指令(MiFID II)や目論見書規則といった上位法規の要請を反映し、市場間の整合性と予測可能性を確保する役割を担っています。

第二に、「Book II:Specific Rules(各国個別規則)」です。これは、ユーロネクスト・アムステルダム、ユーロネクスト・ブリュッセルなど、各市場が所在する国ごとに定められた個別の規則です。この個別規則は、各国の会社法や金融商品取引法、監督当局(例:フランスの金融市場庁(AMF)やオランダの金融市場庁(AFM))の具体的な要求、あるいは歴史的な市場慣行など、その国特有の法的・制度的背景に対応するために設けられています。Book Iの規定は、「Book IIで別途定めがある場合を除く」という原則に基づいて適用され、明確な優先順位が確立されています。

この二層構造は、単一市場としての効率性と、各国の法的主権や制度的現実との間のバランスから生じているものと言えます。上場を検討する際には、共通規則であるBook Iを理解するだけでは不十分であり、上場を希望する具体的な市場のBook IIを精査し、その国固有の要件を正確に把握することが不可欠です。

ユーロネクストの市場セグメント

ユーロネクストは、企業の規模、成長段階、そして資金調達のニーズに応じて、複数の市場セグメントを提供しています。この構造は、東京証券取引所がプライム、スタンダード、グロースという三つの市場区分を設けているのと同様の考え方に基づいています。

Euronext(規制市場)

「Euronext」は、ユーロネクストの主市場であり、最も厳格な基準が適用されるプレミア市場です。EUの金融商品市場指令(MiFID II)が定める「規制市場(Regulated Market)」に該当し、最高水準の規制、透明性、投資家保護が保証されています。この市場は、企業の時価総額に応じてさらに区分(コンパートメント)されており、例えばユーロネクスト・パリでは、時価総額10億ユーロ超の企業は「コンパートメントA」、1.5億ユーロから10億ユーロの企業は「コンパートメントB」、1.5億ユーロ未満の企業は「コンパートメントC」に分類されます。この市場は、東京証券取引所のプライム市場やスタンダード市場に相当し、グローバルな大企業や確立された企業が上場対象となります。規制市場への上場は、企業にとって最高の信頼性と、最も広範な機関投資家へのアクセスをもたらしますが、その分、EUの基準に準拠した目論見書の作成・承認など、最も厳しい上場要件を満たす必要があります。

Euronext Growth(中小企業成長市場)

Euronext Growth」は、規制市場ではなく、「多角的取引システム(Multilateral Trading Facility, MTF)」に分類される市場です。特に中堅・中小企業(SME)のために設計されており、EU法のもとで公式に「SME成長市場」として登録されています。この特別な地位により、目論見書規則や市場濫用規制(MAR)といった主要なEU規則において、より緩和された規制レジームの適用が認められています。上場基準も規制市場に比べて緩やかで、例えば要求される浮動株比率が低かったり、必要な財務諸表の年数が短かったりします。この市場は、東京証券取引所のグロース市場に類似しており、高い成長ポテンシャルを持つ企業を対象としています。規制の負担が軽減されているため、欧州での事業拡大を目指す成長段階にある日本企業にとって、上場コストと複雑さを抑えつつ資本市場にアクセスできる、魅力的な選択肢となります。

Euronext Access / Access+

Euronext Access」もMTFであり、資本市場に慣れ親しむことを目的としたスタートアップやアーリーステージの企業向けの入門的な市場です。上場要件は最小限に抑えられており、企業が公開企業としての経験を積むための第一歩として位置づけられています。その中でも「Euronext Access+」は、将来的にEuronext Growthへのステップアップを目指す企業のために設けられた特別なセグメントです。Access+では、上場スポンサーの継続的な起用や監査済み財務諸表の提出など、通常のAccess市場より一段高い基準が求められ、企業がより円滑に上位市場へ移行できるよう支援する仕組みが整えられています。

以下に、これらの市場セグメントの主な特徴をまとめた比較表を示します。

Euronext(規制市場)Euronext GrowthEuronext Access / Access+
市場種別EU規制市場多角的取引システム(MTF)、SME成長市場多角的取引システム(MTF)
対象企業大企業、確立された企業中堅・中小企業(SME)スタートアップ、アーリーステージ企業
最低浮動株比率25%または5%(ただし500万ユーロ以上)250万ユーロ相当額以上(場所により異なる)規定なし(Access+は100万ユーロ相当額以上)
要求される財務諸表3年分(監査済み)2年分(監査済み)2年分(Accessは監査不要、Access+は直近分が監査済み)
会計基準IFRS(非EU企業は日本GAAP等も可)IFRSまたは各国GAAPIFRSまたは各国GAAP
主要な提出書類EU目論見書情報ドキュメント(公募規模による)情報ドキュメント

ユーロネクストの主要な上場基準(規制市場)

ユーロネクストの主要な上場基準(規制市場)

ユーロネクストの主市場である規制市場への上場を目指す企業は、主に共通規則である「Book I」の第6章に定められた要件を満たす必要があります。ここでは、特に日本企業にとって重要となる株式の分布、財務諸表、目論見書、そしてコーポレート・ガバナンスに関する基準を、東京証券取引所の制度と比較しながら解説します。

株式の分布(浮動株)要件

ユーロネクストの共通規則では、上場しようとする株式について、その発行済株式総数のうち少なくとも25%が公衆(the public)の手に渡っていること、すなわち浮動株であることが求められます。ただし、株式の数が非常に多く、広範に分散していることで市場が適切に機能するとユーロネクストが判断した場合には、この比率を引き下げることが認められています。その場合でも、浮動株比率は5%を下回ることはできず、かつその価値は少なくとも500万ユーロに相当する必要があります。

この基準は、東京証券取引所の基準とはアプローチが異なります。現在、東京証券取引所のプライム市場では、単一の浮動株比率だけでなく、「流通株式比率35%以上」、「流通株式数2万単位以上」、そして「流通株式時価総額100億円以上」という複数の基準を組み合わせて、市場の流動性を確保しようとしています。ユーロネクストの基準はより原則的でシンプルである一方、東京証券取引所の基準は多角的かつ詳細なものとなっており、この規制思想の違いは注目に値します。

財務諸表と会計基準

上場申請企業は、原則として過去3事業年度分の監査済み財務諸表を提出する必要があります。会計基準については、EU域内に設立された企業は国際財務報告基準(IFRS)に準拠することが義務付けられています。

しかし、日本企業のようなEU域外の「第三国発行者」にとっては、極めて有利な規定が存在します。欧州委員会は、米国の会計基準(US GAAP)、カナダ、中国、韓国、そして日本の会計基準(Japanese GAAP)をIFRSと実質的に同等であると認めています。これは、日本企業がユーロネクストへの上場を申請する際に、IFRSへの変換作業を行うことなく、日本で作成した監査済みの財務諸表をそのまま使用できることを意味します。財務諸表の基準変換は、クロスボーダー上場において最も時間とコストを要する作業の一つであり、この負担が免除されることは、日本企業にとって計り知れないほどの戦略的メリットと言えるでしょう。

目論見書(プロスペクタス)の要件

規制市場への上場に際しては、EUの目論見書規則に準拠した目論見書を作成し、上場地の国の監督当局(例:フランスのAMF)から承認を得る必要があります。このプロセスにおけるEU独自の強力なツールが「パスポート制度」です。

パスポート制度とは、ある一つのEU加盟国の監督当局から承認を得た目論見書を、他の全ての加盟国でも有効なものとして使用できる仕組みです。例えば、日本企業が英語での審査を希望してアイルランド中央銀行(CBI)から目論見書の承認を得た場合、その承認済み目論見書を使って、ユーロネクスト・パリに上場し、同時にドイツやイタリアの投資家にも株式の公募を行うことが可能になります。これは、一度の手続きで欧州全域を対象とした資金調達を効率的に行えるようにする制度であり、日本の国内市場にはない、EUの単一資本市場を象徴する大きな利点です。

コーポレート・ガバナンス

ユーロネクストの共通規則(Book I)自体には、詳細なコーポレート・ガバナンスの規定は含まれていません。その代わりに、上場企業は、上場する市場が所在する国のコーポレート・ガバナンス・コードを遵守することが求められます。例えば、アムステルダム市場に上場する場合はオランダのコード、ダブリン市場に上場する場合はアイルランドのコードが適用されます。

これらの欧州各国のコードは、日本のコーポレートガバナンス・コードと同様に、「コンプライ・オア・エクスプレイン(comply or explain)」、すなわち「原則を遵守するか、遵守しない場合はその理由を説明するか」という原則に基づいています。この仕組みは日本企業にとって馴染み深いものであり、コンプライアンスへの対応を比較的容易にするでしょう。ただし、重要となるのはコードの「内容」です。欧州のコードは、取締役会の独立性、指名・報酬委員会の構成、役員報酬の考え方などについて、日本のコードよりも踏み込んだ、あるいは異なる要求をしている場合があります。したがって、上場を希望する国のコードを個別に精査し、自社のガバナンス体制が各原則にどのように対応するのか(遵守するのか、あるいは合理的な説明を行うのか)について、周到な戦略を立てる必要があります。

主要なユーロネクスト取引所ごとの上場基準の相違点

ユーロネクストは共通規則によって大部分が統一されていますが、各取引所は国ごとの個別規則(Book II)に基づき、独自の定量的要件を設けている場合があります。したがって、上場地の選定は、企業の状況に合わせた慎重な検討を要する戦略的判断となります。以下に、主要な取引所における規制市場の上場基準の主な相違点を挙げます。

  • ユーロネクスト・アムステルダム:共通規則に定められた浮動株要件(25%または5%かつ500万ユーロ)が中心となり、個別規則で特定の最低時価総額は要求されていません。オランダのコーポレート・ガバナンス・コードの遵守が重要な現地要件となります。
  • ユーロネクスト・パリ:アムステルダムと同様、共通の浮動株要件が適用されます。規則上の最低時価総額はありませんが、前述の通り、時価総額によってコンパートメントが分類されます。特筆すべきは、既に米国のNYSEやNASDAQに上場している企業向けに、上場プロセスを簡素化する「ファストパス(Fast Path)」制度が用意されている点です。
  • ユーロネクスト・ミラノ(イタリア証券取引所):他の市場と異なり、明確な時価総額要件を設けている点が特徴です。上場時の予想時価総額が少なくとも4,000万ユーロ以上であることが求められます。さらに、優良中型株向けの「STAR」セグメントでは、浮動株比率35%以上など、より高い基準が課されます。
  • ユーロネクスト・ダブリン:予想時価総額が少なくとも100万ユーロ以上であること、そして目論見書発行日から少なくとも12ヶ月間の運転資金が十分であることを証明する必要があります。近年、他のユーロネクスト市場との整合性を高めるための規則改正が行われ、例えば、従来は上場期間中ずっと必要だったスポンサーの選任義務が緩和されるなど、より柔軟な運用がなされています。
  • オスロ証券取引所:最も具体的な定量的要件を持つ市場の一つです。主市場への上場には、予想時価総額が少なくとも3億ノルウェー・クローネ(約3,000万ユーロ相当)以上であることに加え、株主数が500名以上であることが要求されます。
  • ユーロネクスト・ブリュッセル:共通規則の浮動株要件(25%または5%かつ500万ユーロ)に準拠しており、ミラノやオスロのような独自の高い定量的基準は設けていません。

これらの違いを明確にするため、以下の比較表にまとめます。

最低時価総額最低浮動株比率最低株主数
アムステルダム規定なし25% または 5% (500万ユーロ以上)規定なし
パリ規定なし25% または 5% (500万ユーロ以上)規定なし
ミラノ4,000万ユーロ25% (STARセグメントは35%)規定なし
ダブリン100万ユーロ25%規定なし
オスロ3億NOK (約3,000万ユーロ)25%500名

この表からも分かるように、浮動株「比率」に関する要件は共通化されている一方で、時価総額や株主数といった具体的な数値基準は取引所ごとに大きく異なります。このため、日本企業が上場を検討する際には、自社の財務規模や株主構成を考慮し、最も適合する市場を戦略的に選択することが必要です。

まとめ

本記事では、欧州最大の証券取引所グループであるユーロネクストの概要と上場基準について、日本企業の視点から詳述しました。ユーロネクストは、複数の国の取引所が単一のプラットフォームで機能する、統合的かつ連邦的な独自の構造を持っています。この構造は、上場企業に欧州全域の広範な投資家層へのアクセスという大きな機会を提供します。

企業の成長段階に応じて「Euronext(規制市場)」、「Euronext Growth」、「Euronext Access」という多層的な市場が用意されており、あらゆる規模の日本企業にとって適切な上場先を見つけることが可能です。その規制体系は、全市場に適用される「共通規則」と、各国の法制度を反映した「個別規則」の二層構造となっており、上場を検討する際には両方の規則を精査する必要があります。

特に日本企業にとって、ユーロネクストへの上場はいくつかの顕著な利点を持っています。第一に、日本の会計基準(Japanese GAAP)で作成された財務諸表が認められることは、上場準備にかかる時間とコストを大幅に削減する上で非常に大きなメリットです。第二に、日本の制度とも共通する「コンプライ・オア・エクスプレイン」原則に基づくコーポレート・ガバナンス要件は、コンプライアンス対応の予見可能性を高めます。第三に、EUの目論見書パスポート制度を活用することで、一度の手続きで欧州複数国での効率的な資金調達が可能となります。

一方で、共通規則のもとでも、ミラノの時価総額要件やオスロの株主数要件のように、上場地ごとに異なる基準が存在することも事実です。ユーロネクストへの上場、そして最適な市場と上場地の選定は、綿密な法的・財務的計画を要する重要な経営判断となります。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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