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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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ジョージアの投資規制の全容を弁護士が解説

ジョージアの投資規制の全容を弁護士が解説

欧州とアジアの結節点であるコーカサス地方に位置するジョージア(旧グルジア)は、近年、その戦略的な地政学的地位と急進的な経済改革により、国際的なビジネスハブとしての存在感を強めています。世界銀行の「ビジネス環境の現状(Doing Business)」ランキングで常に上位にランクインするなど、ジョージア政府は徹底した規制緩和と外資誘致政策を推進してきました。日本企業にとっても、2021年の日・ジョージア投資協定の発効や、中国・EU双方と自由貿易協定(FTA)を有する稀有な立ち位置は、ユーラシア市場へのゲートウェイとして極めて魅力的です。

本記事では、ジョージアへの進出や投資を検討する日本の経営者・法務担当者に向けて、同国の投資規制の全容を解説します。具体的には、日本企業を守る「日・ジョージア投資協定」の詳細、2021年に全面改正された「企業家法」によるコーポレート・ガバナンスの刷新、利益配当時まで課税が繰り延べられる「エストニア・モデル」の税制、そして近年整備が進む暗号資産(仮想通貨)規制について詳述します。また、現地での法的リスクを具体的にイメージできるよう、実際の商事紛争の判例も紹介します。ジョージアは「自由な投資環境」を標榜していますが、その裏にある法的な落とし穴や、日本法とは異なる取締役の責任範囲、厳格化するマネーロンダリング対策などを理解することは、安全な事業展開のために不可欠です。

ジョージアの投資環境と法的枠組み

ジョージアの投資環境は、外国投資家に対して国内投資家と同等の権利を認める「内国民待遇」を原則としています。一部の安全保障に関わる分野を除き、外国資本の出資比率に制限はなく、土地所有(農地を除く)や会社設立も自由に行うことができます

日・ジョージア投資協定による保護

2021年7月23日に発効した「投資の自由化、促進及び保護に関する日本国とジョージアとの間の協定(日・ジョージア投資協定)」は、日本企業がジョージアに進出する際の法的な安全装置となります。この協定は、投資財産の保護だけでなく、紛争解決手続についても詳細に定めています。

本協定における「投資」の定義は広範であり、株式や社債といった金融資産だけでなく、知的財産権、事業用資産、さらには契約に基づく金銭請求権なども含まれます。

特に重要な規定として、以下の点が挙げられます。

  • 内国民待遇及び最恵国待遇:日本の投資家は、ジョージアの投資家や第三国の投資家よりも不利な扱いを受けません。
  • 公正衡平待遇(FET):ジョージア政府は、国際法に基づく公正かつ衡平な待遇を日本投資家に与える義務を負います。これにより、恣意的な法運用の変更や適正手続の欠如から投資家が保護されます。
  • 収用に対する保護:公共の目的かつ適正な法的手続きによらない資産の収用(国有化など)は禁止されており、万が一収用が行われる場合には、市場価値に基づく「迅速、かつ実効的な補償」が義務付けられています。
  • 紛争解決(ISDS条項):投資家とジョージア政府との間で紛争が生じた場合、現地の裁判所だけでなく、国際投資紛争解決センター(ICSID)などの国際仲裁に紛争を付託することが可能です。これは、現地の司法制度に不透明さが残る場合において、強力な交渉カードとなります。

参考:外務省 日・ジョージア投資協定
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/treaty198_1.html

ジョージア2021年改正企業家法と日本法との比較

ジョージアでの会社設立と運営を規律するのは「企業家法(Law of Georgia on Entrepreneurs)」です。この法律は2021年に全面改正され、EU法(特にドイツ法の影響が色濃い)との調和が図られました。これにより、コーポレート・ガバナンスの透明性が高まった一方で、役員の責任などは厳格化されています。

設立形態と手続き

日本企業が現地法人を設立する場合、主に「有限責任会社(LLC)」または「株式会社(JSC)」が選択されます。手続きは迅速で、法務省傘下の公共登記所(NAPR)にて、通常1〜2日で完了します。

特徴的なのは、LLCには最低資本金制度がない(1ラリでも設立可能)一方で、JSCには10万ラリ(約550万円程度)の最低資本金要件が導入された点です。

取締役の義務と「経営判断の原則」

日本の会社法と同様に、取締役(Director)は会社に対して善管注意義務と忠実義務を負います。しかし、ジョージアの改正法では、米国や日本で判例法理として発展してきた「経営判断の原則(Business Judgment Rule)」が、明文で規定されました。

改正企業家法第52条は、取締役が「十分な情報に基づき、利益相反がなく、会社の最善の利益になると誠実に信じて」下した経営判断については、仮にその結果として会社に損害が生じたとしても、原則として責任を問われないことを定めています。これは、取締役が萎縮せずにリスクテイクを行うことを法的に後押しするものですが、裏を返せば、意思決定プロセスの適正さが厳しく問われることを意味します。日本法の実務以上に、取締役会の議事録や意思決定の根拠資料を詳細に残すことが重要となります。

利益相反取引の規制

取締役や株主が会社と取引を行う場合(利益相反取引)、事前の承認手続きが厳格化されました。日本法(会社法第356条)と同様の規制ですが、ジョージアでは違反した場合の取引の無効や損害賠償責任が迅速に追及される傾向にあります。

ジョージアの税制:エストニア・モデルとIT優遇税制

ジョージアの税制:エストニア・モデルとIT優遇税制

ジョージアの税制における最大の特徴は、2017年に導入された「エストニア・モデル」と呼ばれる法人税制です。

法人税の繰り延べ課税

日本では、企業が稼いだ利益に対して事業年度ごとに法人税が課されます(発生主義)。一方、ジョージアでは、企業が利益を内部留保して再投資に回す限り、法人税は課されません。課税のタイミングは、利益を株主に「配当」した時点となります。

配当時の法人税率は一律15%です。これにより、スタートアップや成長期の企業は、税引前の利益を全額再投資に回すことができ、キャッシュフロー上で大きなメリットを享受できます。

仮想ゾーン(Virtual Zone)と国際企業(International Company)

IT企業や海運業に対しては、さらなる優遇措置が存在します。

  • 仮想ゾーン認定者(Virtual Zone Person):ITサービスを国外に提供する企業に対し、その利益に対する法人税(配当税を除く)が免除されます。ただし、近年は実体要件(現地にオフィスや従業員がいるか)の審査が厳格化しています。
  • 国際企業ステータス(International Company Status):ITおよび海運業が対象で、法人税率が5%(通常15%)、配当にかかる源泉税が0%(通常5%)、従業員の賃金所得税が5%(通常20%)に軽減されます。取得要件は仮想ゾーンより厳格ですが、長期的なメリットは大きいです。

個人所得税

個人の所得税(給与税)は一律20%のフラットタックスです。累進課税ではないため、高所得者にとっては日本よりも税負担が軽くなる傾向があります。

ジョージアの暗号資産(仮想通貨)とVASP規制

ジョージアは電力コストの安さからマイニングが盛んであり、暗号資産に対してフレンドリーな国として知られてきました。現在、暗号資産取引やICO(Initial Coin Offering)自体を禁止する法律はありませんが、規制環境は急速に整備されつつあります。

法的地位と課税

ジョージア財務省の公式決定(Public Decision No. 201)により、個人が暗号資産の売買で得た利益は所得税の対象外(非課税)とされています。また、暗号資産の交換取引にはVAT(付加価値税)もかかりません。これは投資家にとって極めて有利な環境です。ただし、暗号資産は「法定通貨」ではないため、決済手段としての利用は当事者間の合意に限られます。

仮想資産サービスプロバイダー(VASP)規制

2023年より、ジョージア国立銀行(NBG)による「仮想資産サービスプロバイダー(VASP)」の登録制度が開始されました。暗号資産取引所やカストディサービスを提供する事業者は、NBGへの登録が義務付けられ、国際基準(FATF)に準拠したマネーロンダリング対策(AML/CFT)の実施が求められます。

銀行は依然として暗号資産関連ビジネスを高リスクと見なしており、VASP登録がない事業者への口座開設を拒否する傾向が強いため、フィンテック事業での進出には十分な準備が必要です。

参考:ジョージア国立銀行 VASP規制概要
https://nbg.gov.ge/en/page/virtual-asset-service-providers-vasps

ジョージアの自由貿易協定(FTA)と原産地規則

ジョージアは、中国(2017年発効)および香港(2018年発効)と自由貿易協定(FTA)を締結しています。これにより、ジョージア原産の製品は、中国や香港へ関税ゼロで輸出することが可能です(一部品目を除く)。

原産地規則の壁

このメリットを享受するためには、製品が「ジョージア原産」であると認定される必要があります。中国とのFTAでは、多くの工業製品について「40%以上の付加価値」がジョージア国内で生じていることが要件となります(Regional Value Content:RVC ≥ 40%)。単に完成品を輸入して梱包し直すだけでは認められず、実質的な加工工程を現地で行う必要があります。

ジョージアでの紛争解決と判例:ビジネス・リスクの実例

ジョージアでの紛争解決と判例:ビジネス・リスクの実例

ジョージアの司法制度は改革が進んでいますが、商事紛争における予測可能性には課題も残ります。以下に、ビジネスに関連する重要な判例を紹介します。

判例:フィリップ・モリス対トビリシ・タバコ事件

裁判所: トビリシ市裁判所(Tbilisi City Court)、その後上訴審

当事者: Philip Morris Georgia LLC(原告) vs. JSC Tbilisi Tobacco(被告)

事案の概要:

多国籍タバコメーカーであるフィリップ・モリスのジョージア法人に対し、地元の競合企業であるトビリシ・タバコが「不当廉売(ダンピング)」を行っているとして訴えた独占禁止法関連の紛争です。

トビリシ市裁判所は当初、フィリップ・モリス側に対し、約9300万ラリ(当時のレートで数十億円規模)という巨額の損害賠償支払いを命じる判決を下しました。

解説と示唆:

この判決は、外資系企業に対して国内企業を保護するような司法判断が下され得るリスクとして、国際的なビジネスコミュニティに衝撃を与えました(その後、上級審で判断が覆されたとの情報もありますが、第一審のリスクは無視できません)。

この事例は、ジョージアでのビジネスにおいて、公正取引委員会(Competition Agency)の動向や、現地企業との競争における法的リスク管理がいかに重要かを示しています。契約書において、紛争解決地をジョージアの裁判所ではなく、ロンドンやパリなどの「国際仲裁」に指定することが、リスク回避の実務的な定石となります。

まとめ

ジョージアは、低い税率、簡素な行政手続き、そして広範なFTAネットワークを持つ、非常に魅力的な投資先です。特に2021年の企業家法改正と日・ジョージア投資協定の発効により、法的インフラは格段に向上しました。しかし、日本とは異なる「経営判断の原則」の適用、厳格化するVASP規制、そして競争法リスクなど、現地特有の法的論点も多数存在します。

特に、税務上のメリット(エストニア・モデル)を享受するためには、単なるペーパーカンパニーではなく、実質的な事業活動の証明が求められる傾向が強まっています。進出にあたっては、表面的なメリットだけでなく、こうした法的・実務的リスクを精緻に分析することが不可欠です。

我々モノリス法律事務所は、IT・ベンチャー法務や国際法務の知見を活かし、ジョージアへの進出を検討される企業の皆様に対し、現地法規制の調査や契約書のレビュー、リスクマネジメントに関するサポートを行っております。ジョージアという新たなフロンティアでのビジネス展開において、法的な側面からのバックアップが必要な際は、ぜひご相談ください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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