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トルコの契約法と日本企業が直面する法的リスクと対策

トルコの契約法と日本企業が直面する法的リスクと対策

欧州、中東、中央アジアの結節点に位置するトルコ共和国(以下、トルコ)は、その戦略的な地理条件と若い人口構成により、多くの日本企業にとって魅力的な市場です。しかし、トルコへの進出や取引を検討する際、日本の法務担当者や経営者が最も警戒すべきは、日本法や欧米法とは異なるトルコ独自の法的落とし穴です。トルコの法体系は、スイス法やドイツ法をモデルとした大陸法(シビル・ロー)系に属しており、体系的には日本の民法や商法と類似しています。しかし、その運用や特定の規制においては、日本企業が「常識」と捉えている契約実務が通用しない場面が多々存在します。

本記事では、トルコビジネスにおける契約法の重要論点を、日本の法律との比較という視点から詳細に解説します。特に、契約が無効となるリスクを孕む「言語規制」、所有権移転の効力発生要件が日本とは決定的に異なる「不動産取引」、日本法には明文規定のない「代理店の暖簾代(ポートフォリオ補償)」、そして労働者保護が手厚い「労働契約」について、最新の法改正や判例を交えて詳述します。トルコでのビジネス成功は、これらの「見えざる法的障壁」をいかに回避し、適切な契約管理を行えるかにかかっています。以下、日本企業が特に留意すべき法的論点を網羅的に解説します。

トルコ契約法の基本構造と日本法との決定的な差異

トルコの契約法の根幹を成すのは、2012年に施行されたトルコ債務法(法律第6098号)およびトルコ商法(法律第6102号)です。これらの法律は、契約自由の原則、信義誠実の原則、過失責任主義など、日本の民法と共通する基本原則を有しています。契約は原則として当事者の意思の合致により成立し、特別な形式を必要としません(諾成契約)。

しかし、この「原則」を鵜呑みにすることは危険です。トルコ法において日本法と最も大きく異なる点は、特定の契約類型における「形式要件」と「言語要件」の厳格さにあります。日本では、保証契約など一部の例外を除き、口頭の合意や私文書(当事者のみで作った契約書)でも契約は有効に成立し、裁判所でも証拠として採用されます。一方、トルコでは、不動産取引や特定の会社持分譲渡などにおいて、公証人(Notary / Noter)の関与や公的機関での登記が「効力発生要件」とされており、これを欠く契約は絶対的に無効とみなされます。

また、1920年代の建国期に制定された言語に関する法律が、現代の国際ビジネスにおいても強力な効力を持ち続けており、契約書の使用言語を誤ることで、企業にとって致命的なリスクとなる可能性があります。

トルコにおける言語規制の罠:経済事案における強制トルコ語使用

トルコでビジネスを行う日本企業が最も注意すべき法律の一つが、1926年に制定された「経済事案における強制トルコ語使用に関する法律(法律第805号)」です。この法律は非常に短いものですが、違反した場合、「企業に有利な証拠として考慮されない」という強力な制裁が科されます

トルコ国内企業への適用と日本企業のリスク

法律第805号第1条は、トルコ国内のすべての企業に対し、国内でのあらゆる取引、契約、通信、帳簿においてトルコ語の使用を義務付けています。ここで重要なのは、日本企業がトルコに設立した「現地法人(子会社)」も、トルコ法に基づいて設立された以上は「トルコ企業」とみなされるという点です。

日本法では、日本企業同士であっても契約書を英語で作成することは自由であり、その効力が否定されることはありません。しかし、トルコにおいては、トルコ現地法人(日系子会社含む)が、トルコ国内の別の企業(サプライヤーや顧客)と契約を締結する際、英語のみで作成された契約書は無効、あるいは裁判所で証拠として採用されないリスクがあります。

外国企業に対する例外と判例の動向

一方で、法律第805号第2条は、外国企業に対しては適用範囲を限定しており、トルコ企業との通信や取引においてトルコ語の使用義務があるとされていますが、「契約」という文言が含まれていません。このため、日本に拠点を置く日本企業(本店)がトルコ企業と直接クロスボーダー取引を行う場合、契約書を英語で作成しても有効であるという解釈が一般的になりつつあります。

近年の判例、例えばイスタンブール地域司法裁判所の2021年2月11日の判決(E. 2021/205, K. 2021/185)では、「契約当事者の一方が外国人である場合、トルコ語を使用する義務はない」と明示されました。また、最高裁判所(Yargıtay)第11民事部も、外国企業が当事者である場合、契約書にトルコ語を使用する義務はないとする判断を示しています。

当事者の組み合わせ契約言語の規制(法律第805号)リスク評価
トルコ企業 vs トルコ企業トルコ語必須英語のみの契約書は無効または証拠能力を否定される可能性が高い。日系現地法人同士の取引もこれに該当する。
日本企業(本店) vs トルコ企業英語可(判例の傾向)以前は議論があったが、近年の判例は外国企業当事者の契約におけるトルコ語義務を否定する傾向にある。
仲裁条項トルコ語推奨契約全体が英語の場合でも、仲裁合意の有効性を確実にするため、仲裁条項のみトルコ語併記とすることが安全である。

日本企業としての対策は、トルコ現地法人が当事者となる契約については、必ずトルコ語版を作成すること、あるいは英語とトルコ語の二言語併記(バイリンガル)で作成し、両方を正本とすることです。

トルコの不動産取引における厳格な形式要件と2023年の改正

トルコの不動産取引における厳格な形式要件と2023年の改正

トルコでの工場用地取得やオフィス購入において、日本法との違いが最も顕著に現れるのが不動産売買契約の形式です。

公的な形式(Official Form)の必要性

日本の民法では、不動産の売買契約も当事者の意思表示のみで成立し、登記は第三者対抗要件に過ぎません。つまり、契約書に実印を押せば、所有権移転の債権的効力は発生します。しかし、トルコ民法第706条および債務法第237条において、不動産所有権の移転を目的とする契約は、「公的な形式(resmi şekil)」で作成されなければ無効とされています。

これは、当事者だけで作成した売買契約書は、たとえ署名があっても法的には「紙切れ」同然であり、所有権移転の効力を生じさせないことを意味します。有効な取引とするためには、公的機関において契約を作成する必要があります。

2023年7月の法改正:公証人による不動産売買の解禁

従来、この「公的な形式」を行えるのは土地登記所(Tapu Sicil Müdürlüğü)の登記官のみでした。しかし、2022年の法改正および2023年7月4日からの施行により、公証人(Notary)も不動産売買契約を締結し、所有権移転登記を処理する権限を与えられました。

この改正により、不動産取引の迅速化が期待されていますが、費用構造には注意が必要です。登記所を利用する場合でも公証人を利用する場合でも、取引価格の4%にあたる不動産取得税(Tapu Harcı)が発生しますが、公証人を利用する場合は、これに加えて公証人手数料(Notary Fee)が発生します。この手数料は不動産価格に応じて変動し、2023年時点で最低500トルコリラから最大4,000トルコリラ(毎年再評価率で調整)とされています。

項目日本の不動産取引トルコの不動産取引
契約成立要件諾成契約(書面は証拠)要式契約(公的機関での作成が必須)
作成機関当事者(仲介業者)土地登記所 または 公証人(2023年7月以降)
登記の効力対抗要件効力発生要件(登記なくして移転なし)
注意点重要事項説明が義務公的評価額と実勢価格の乖離による追徴課税リスク

トルコの販売店・代理店契約におけるポートフォリオ補償

日本企業がトルコ市場に商品を展開する際、現地の代理店(Agent)や販売店(Distributor)を起用することが一般的です。ここで日本法にはない概念として注意を要するのが「ポートフォリオ補償(Portföy Tazminatı)」、いわゆる「暖簾代(Goodwill Indemnity)」です。

契約終了時の補償義務

トルコ商法第122条は、代理店契約が終了した際、代理店が構築した顧客基盤(ポートフォリオ)によってメーカー(本人)が契約終了後も利益を得続ける場合、代理店はメーカーに対して「衡平な」補償を請求できると定めています。この規定は、EUの代理店指令に準拠したものですが、重要なのは、これが「独占的販売店契約(Exclusive Distributorship Agreement)」にも類推適用されるという点です。

日本法では、代理店契約の終了にあたり、契約期間満了や解約条項に基づく終了であれば、特段の補償義務は生じないのが原則です(信義則による制限はありますが、金銭補償が法律で定まっているわけではありません)。しかしトルコでは、以下の要件を満たす場合、契約終了時に過去5年間の平均年次報酬の1年分を上限とする補償金を請求されるリスクがあります。

  1. メーカーが契約終了後も、代理店が開拓した顧客から著しい利益を得ていること。
  2. 代理店が契約終了により、本来得られたはずの報酬を逸失していること。
  3. 補償の支払いが衡平(公平)であること。

この請求権は、契約書で事前に放棄させることができません(強行法規)。したがって、日本企業は契約締結段階で、将来の契約終了コストを見積もっておく必要があります。

トルコ会社法上の株式譲渡手続き:株式会社と有限会社の違い

トルコに進出する際の会社形態として、株式会社(JSC:Anonim Şirket)有限会社(LLC:Limited Şirket)が一般的ですが、その持分譲渡手続きの複雑さにおいて、両者は大きく異なります。

有限会社(LLC)の持分譲渡の複雑性

日本の合同会社等では、持分の譲渡は比較的柔軟に行えますが、トルコの有限会社では非常に厳格な手続きが求められます。LLCの持分譲渡契約は、公証人の面前で署名されなければ効力を持ちません(トルコ商法第595条)。さらに、この譲渡は社員総会(General Assembly)の承認(資本金の4分の3以上の賛成など)を得た上で、商業登記を行う必要があります。これにより、譲渡の都度、公証費用や登記費用が発生し、手続きに時間を要します

株式会社(JSC)の簡便さと株主名簿の重要性

一方、株式会社(JSC)の株式譲渡は、法律上は公証や登記が必須要件ではなく、株券の交付や裏書によって効力が生じます。日本法と同様に自由度が高いと言えますが、ここで注意すべきは「株主名簿(Share Ledger / Pay Defteri)」への記載です。トルコ商法上、会社に対して株主権を行使するためには、株主名簿への記載が不可欠です。未上場のJSCにおいて、株主名簿への記載を怠ると、株主としての地位を対抗できなくなるリスクがあります。

トルコの労働契約における有期雇用と解雇規制

トルコの労働法(法律第4857号)は、労働者保護の色彩が非常に濃く、日本の労働法と比較しても解雇や有期雇用に対する規制が厳格です。

有期雇用契約の連鎖禁止(Zincirleme İş Sözleşmesi)

日本では、有期雇用契約が通算5年を超えると無期転換権が発生しますが、トルコでは「客観的かつ正当な理由」がない限り、有期雇用契約を反復更新すること(チェーン・コントラクト)が禁止されています。正当な理由なく更新された有期契約は、最初から「無期契約」であったとみなされます。これにより、「期間満了による雇止め」ができなくなり、解雇には正当事由と退職金の支払いが必要となります

解雇の事由と退職金

解雇には、即時解雇が可能な「正当な事由(Just Cause / Haklı Neden)」(健康上の理由、背信行為など)と、通知期間が必要な「有効な事由(Valid Reason / Geçerli Neden)」(能力不足、経営上の必要性など)の区別があります。勤続1年以上の従業員を解雇する場合(正当な事由による懲戒解雇を除く)、退職金(Severance Pay)の支払いが義務付けられます。退職金の額は勤続1年につき30日分の給与ですが、これには上限(Ceiling)があり、半年ごとに改定されます。2025年後半の上限額は約53,920トルコリラと予測されています。

まとめ

トルコの契約法は、形式的には大陸法系の枠組みを持ちながら、実務的には「言語」「形式」「労働者保護」において、日本法とは異なる強力な規制を有しています。特に、法律第805号による言語規制や、不動産取引における公証人・登記所の必須性、代理店契約終了時のポートフォリオ補償などは、日本的な「契約自由」や「話し合い」の感覚で進めると、予期せぬ無効や金銭的負担を招く可能性があります。

日本企業がトルコでビジネスを展開する際は、これらの違いを前提とし、契約書のバイリンガル化、公的な形式要件の遵守、そして将来の撤退コストまで見据えた契約条項の設計が不可欠です。モノリス法律事務所では、現地の最新の法改正や判例動向を踏まえ、トルコ特有の法的リスクを最小化するためのサポートを行っております。トルコへの進出や現地企業との取引をご検討の際は、ぜひお気軽にご相談ください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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