インドの会社形態と機関設計を弁護士が解説

世界経済におけるインドの存在感は飛躍的に高まっており、日本企業にとっても、その巨大な市場と優秀な人的リソースは無視できない要素となっています。しかし、インドへの進出や事業拡大を検討する経営者や法務担当者が最初に直面するのが、英国法を源流としつつも独自に厳格化された「インド会社法」の壁です。
インドの企業法制は、2013年会社法(The Companies Act)によって抜本的な改革が行われました。この法律は「自律と開示」を基本哲学とし、コーポレート・ガバナンスの強化、投資家保護、そして企業の社会的責任(CSR)の義務化などを特徴としています。さらに、近年では「Ease of Doing Business(ビジネスのしやすさ)」を向上させるための手続き簡素化が進む一方で、実質的支配者(SBO)の特定や株式の完全電子化など、透明性を高めるための規制は年々強化されています。
本稿では、2025年12月時点での最新の法改正情報を踏まえ、インドにおける会社形態の選択、機関設計のルール、そして日本企業が特に留意すべきコンプライアンス上の重要ポイントについて、日本の会社法との比較を交えながら体系的に解説します。
この記事の目次
インド会社法の構造と近年の改正動向
インドにおける会社の設立、運営、解散を規律する基本法は2013年会社法です。旧来の1956年法が政府による許認可に重点を置いていたのに対し、現行法は企業自身によるガバナンス体制の構築と、その遵守状況の徹底的な開示(ディスクロージャー)を求めています。
近年の法改正の大きな潮流は二つあります。一つは「違反の非犯罪化」です。手続き上の軽微なミスや報告遅延については、従来の刑事罰(懲役刑など)から行政上の金銭ペナルティへと移行しました。これにより裁判所を経ずに迅速な処理が可能となりましたが、それは裏を返せば、違反がシステム上で検知されれば即座に制裁が科されることを意味しており、日常的なコンプライアンス管理の重要性が増しています。もう一つは「透明性の向上」であり、誰が実質的に会社を支配しているのかを明確にするための規制が次々と導入されています。
インドにおける主な会社形態
日本企業がインドに進出する際、最も一般的に利用されるのは現地法人(子会社)の設立です。インド会社法上、会社は主に「非公開会社」「公開会社」「一人会社」の3つに大別されます。それぞれの特徴と日本企業にとってのメリット・デメリットを詳述します。
非公開会社 (Private Company)
非公開会社は、日本の「譲渡制限会社」に相当し、日本企業がインドに子会社を設立する際に最も多く選択される形態です。定款によって株式の譲渡を制限し、株主数を最大200名に限定することで、経営の独立性と安定性を保つことができます。また、株式や社債の公募は禁止されています。
設立には最低2名の株主と2名の取締役が必要です。日本企業が単独で進出する場合、親会社が99.9%以上の株式を保有し、残りの1株を親会社の指名した個人(ノミニー)やグループ会社に保有させることで、この「最低2名」の要件を満たすのが一般的です。非公開会社は、後述する公開会社に比べて、独立取締役の選任義務がない、取締役の輪番退任規定が適用されないなど、多くの規制緩和措置を享受できます。
公開会社 (Public Company)
公開会社は、定款で株式の譲渡制限を設けていない会社であり、一般公衆からの資金調達が可能です。設立には最低7名の株主と3名の取締役が必要となります。
ここで特に注意が必要なのが「みなし公開会社」という規定です。インド会社法では、公開会社の子会社は、たとえその定款で非公開会社としての要件を備えていたとしても、法の適用上は公開会社とみなされます。したがって、もしインド国内に公開会社として設立された子会社があり、その下に孫会社を作る場合、その孫会社も公開会社としての厳格な規制を受けることになります。
公開会社と非公開会社の主な違いを以下の表にまとめました。
| 項目 | 非公開会社 (Private Company) | 公開会社 (Public Company) |
| 定義 | 株式譲渡制限あり、公募禁止 | 非公開会社以外の会社 |
| 株主数 | 最低2名 / 最大200名 | 最低7名 / 上限なし |
| 取締役数 | 最低2名 | 最低3名 |
| 独立取締役 | 原則不要 | 一定規模以上で必須 |
| 株式の譲渡 | 定款により制限可能 | 自由に譲渡可能 |
| 資金調達 | 公募不可(私募のみ) | 公募可能 |
| 主な用途 | 完全子会社、合弁会社 | 上場企業、大規模事業会社 |
一人会社 (One Person Company – OPC)
2013年法で導入されたOPCは、株主が1名のみで設立できる形態です。一見すると日本企業による100%子会社設立に適しているように思えますが、実務上は利用できません。規則により、OPCの株主になれるのは「インド市民(Indian Citizen)である自然人」に限定されているためです。外国法人や外国籍の個人はOPCを設立することができません。
小規模会社 (Small Company) の定義拡大
「小規模会社」は会社形態の区分ではなく、一定規模以下の非公開会社に与えられるステータスです。この区分に該当すると、キャッシュフロー計算書の作成免除、取締役会の開催頻度緩和(年2回)、監査人のローテーション免除など、コンプライアンス負担が大幅に軽減されます。
インド政府は中小企業の負担軽減のため、小規模会社の定義を段階的に拡大してきました。2025年12月1日より施行された最新の改正により、以下の基準を満たす会社が小規模会社と定義されています。
- 払込資本金:10カロールルピー(1億ルピー)以下
- 売上高:100カロールルピー(10億ルピー)以下
この改正により、以前よりも多くの中規模現地法人が恩恵を受けられるようになりました。ただし、「持株会社」や「子会社」はこの定義から除外されるという重要な例外があります。したがって、日本企業のインド現地法人は、規模が小さくても法的には「外国会社の子会社」であるため、原則として小規模会社の特例を受けることはできません。
インドの機関設計:取締役と取締役会

インドの会社における機関設計は、基本的に「株主総会」と「取締役会」の二層構造です。日本のような監査役会制度はなく、監査は外部の法定監査人が担います。
取締役会の構成と居住要件
取締役会は会社の業務執行を決定する中心機関であり、取締役は全員が自然人でなければなりません。日本企業にとって最大のハードルとなるのが「居住取締役(Resident Director)」の要件です。会社法第149条3項は、すべての会社に対し、取締役のうち少なくとも1名は、前暦年において合計182日以上インドに滞在していた者でなければならないと定めています。駐在員が赴任した直後はこの滞在実績を満たせないため、設立当初は現地採用のインド人幹部や、在印歴の長い日本人コンサルタントなどを取締役として選任する対応が必要となります。
独立取締役と女性取締役
公開会社においては、取締役会の構成にさらなる規制がかかります。
- 独立取締役:上場会社や一定規模以上の公開会社では、取締役総数の3分の1以上(または最低2名)の独立取締役を選任する必要があります。非公開会社では原則として義務はありません。
- 女性取締役:上場会社および一定規模以上の公開会社(払込資本金10億ルピー以上または売上高30億ルピー以上)は、少なくとも1名の女性取締役を選任しなければなりません。この規定は厳格に運用されており、選任が遅れた場合には会社および役員に対して高額なペナルティが科される事例が多発しています。
主要経営責任者 (KMP)
一定規模以上の会社(上場会社または払込資本金10カロールルピー以上の公開会社)には、CEO、CFO、カンパニー・セクレタリー(CS)といった主要経営責任者(KMP)を常勤で設置する義務があります。特にカンパニー・セクレタリーは、インド特有の専門職であり、コンプライアンス遵守の要として重要な役割を果たします。非公開会社であっても、払込資本金が10カロールルピー以上の場合は、常勤のCSを選任する必要があります。
インドの機関設計:株主総会
株主総会は会社の最高意思決定機関です。インド会社法における決議要件は日本法と異なる点が多く、特に合弁契約の交渉において極めて重要です。
決議の種類と拒否権のハードル
株主総会の決議には「普通決議」と「特別決議」があります。日本法との決定的な違いは、特別決議の要件の厳しさにあります。
| 決議の種類 | インド会社法の要件 | 日本の会社法の要件(原則) |
| 普通決議 | 出席して投票する株主の過半数(50%超) | 出席株主の議決権の過半数 |
| 特別決議 | 出席して投票する株主の 4分の3以上(75%以上) | 出席株主の議決権の3分の2以上(約67%) |
日本では特別決議を阻止するために33.4%以上の株式が必要ですが、インドでは 25%超 の株式を持てば、定款変更や増資、合併などの重要事項に対して拒否権を行使できます。これは、インドで合弁事業を行う際、マイノリティ出資者であっても26%の株式を保有することで強力な法的保護を得られることを意味します。逆にマジョリティ側にとっては、75%を確保しなければ完全な支配権を確立できないという点に注意が必要です。
開催要件
すべての会社(OPCを除く)は、各会計年度終了後6ヶ月以内(通常は9月30日まで)に年次株主総会(AGM)を開催しなければなりません。定足数は、非公開会社の場合は株主2名の個人的な出席が必要です。パンデミック以降、ビデオ会議システムを通じたAGMの開催も認められるようになり、物理的な移動が困難な場合でもコンプライアンスを維持できる環境が整いつつあります。
インドの監査制度と財務報告
法定監査人とローテーション制度
すべての会社は法定監査人(勅許会計士または監査法人)を選任し、監査を受けなければなりません。特筆すべきは「監査人のローテーション制度」です。上場会社や一定規模以上の非公開会社(払込資本金50カロールルピー以上など)では、同一の監査人が長期にわたって監査を行うことが禁止されています。
個人の監査人は1期5年、監査法人は2期10年が上限とされており、任期満了後は5年間の冷却期間を置かなければ再任できません。これは監査の独立性を保ち、企業との癒着を防ぐための強力な措置です。
内部監査と財務年度
法定監査とは別に、一定規模以上の会社(非公開会社含む)には「内部監査」の実施も義務付けられています。外部の専門家または社内の従業員が内部監査人として任命され、業務プロセスの有効性をチェックします。
また、インドの財務年度(会計年度)は原則として「4月1日から翌年3月31日」に固定されています。親会社が12月決算であるなどの理由で連結決算上の不都合が生じる場合、会社法審判所(NCLT)に申請し、承認を得ることで例外的に異なる財務年度を採用することが可能です。ただし、これは裁判手続きに近いプロセスを要するため、計画的な対応が必要です。
日本企業が直面するインドの重要規制とコンプライアンス
インドビジネスにおいては、日本では馴染みの薄い、あるいはインド特有の厳格な規制が存在します。
CSR(企業の社会的責任)の義務化
インドは世界で初めてCSR活動を法律で義務付けた国です。一定の規模(純資産50億ルピー、売上高100億ルピー、または純利益5000万ルピー以上)を満たす会社は、直近3年間の平均純利益の 2% をCSR活動に支出しなければなりません。
以前は「遵守せよ、さもなくば説明せよ」というスタンスでしたが、現在は義務化が強化され、未達成分については政府指定の基金への送金や、特別な銀行口座への移管が強制されます。違反した場合は、会社および役員に対して高額なペナルティが科されます。日本企業の子会社であっても、利益が出始めると比較的早期にこの基準に達するため、財務的なモニタリングが欠かせません。
取締役への貸付禁止と例外
会社法第185条により、会社が取締役個人やその親族に対して貸付や保証を提供することは原則として禁止されています。しかし、持株会社がその「完全子会社」に対して行う貸付や保証については、資金が子会社の主要事業に使われる限り例外として認められています。これにより、日本親会社からインド完全子会社への親子ローンは可能ですが、合弁会社の場合は要件が厳しくなるため注意が必要です。
実質的支配者 (SBO) の開示
マネーロンダリング対策の一環として、会社の実質的支配者(SBO)を特定し報告する義務があります。これは、会社に対して間接的に10%以上の権利を持つ、あるいは支配権を行使する「自然人」を特定するものです。日本企業が親会社の場合、そのさらに上の株主まで遡り、最終的に誰がインド子会社をコントロールしているのか(創業家や大株主など)を開示する必要があります。
非公開会社株式の電子化 (Dematerialization)
透明性向上のため、MCA(企業省)は小規模会社を除くすべての非公開会社に対し、株式の電子化(Dematerialization)を義務付けました。物理的な株券は廃止され、証券保管振替機関(Depository)を通じた電子管理へと移行する必要があります。
当初の期限は2024年9月でしたが、実務上の混乱を避けるため、2025年6月30日まで期限が延長されました。しかし、本稿執筆時点(2025年12月)でこの期限は既に経過しています。もし貴社のインド子会社がまだ物理株券を使用しており、かつ小規模会社の定義(資本金10億ルピー以下かつ売上100億ルピー以下)を超える規模である場合、直ちに電子化手続きを完了させなければ、新たな増資や株式譲渡が一切行えない状態(コンプライアンス違反状態)にあります。これは緊急の対応事項です。
判例から見るインドにおけるガバナンスの実践
インドの司法判断は実務に大きな影響を与えます。ここでは企業統治に関する重要な判例を紹介します。
Tata Consultancy Services Ltd v. Cyrus Investments Pvt. Ltd. (2021)
タタ・グループにおける会長解任劇を巡る最高裁判決です。裁判所は、取締役の解任という経営判断に対し、定款や法令の手続きが守られている限り司法は介入すべきではないという判断を下しました。また、単なる解任や信頼関係の欠如だけでは、少数株主への「抑圧」には当たらないと判示しました。これは、定款の規定と適正手続き(Due Process)がいかに重要であるかを再確認させるものであり、マジョリティ株主の権利を強く認める内容となっています。
Vikram Bakshi v. McDonald’s India Pvt. Ltd. (2017)
一方、マクドナルドと合弁パートナーの争いでは、NCLT(会社法審判所)はパートナーの再任拒否を「抑圧」と認定しました。このケースでは、合弁契約や定款においてパートナーの経営参与が実質的に保障されていたこと、そして再任拒否のプロセスに正当性が欠けていたことが重視されました。
これらの判例は、合弁契約書や定款の記載内容が、紛争時に自社を守る最大の武器になることを示唆しています。
まとめ
インドの会社法制は、透明性とガバナンスの強化に向けて急速に進化しています。特に2025年12月現在、小規模会社の定義拡大による恩恵がある一方で、株式電子化の期限経過やCSRの厳格運用など、コンプライアンスの要求レベルは高まり続けています。
インドビジネスにおけるリスク管理の要諦は、複雑な法規制を正確に理解し、定款や契約書といった法的基盤を強固にしておくことにあります。モノリス法律事務所では、インド法務に関する深い知見を活かし、現地法人の設立、機関設計の最適化、最新の法改正への対応、そして合弁事業における契約交渉に至るまで、貴社のインド事業を法的な側面からサポートいたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































