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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

NASDAQのSPAC(特別買収目的会社)新規上場基準引き上げ(SR-NASDAQ-2026-033)に関する解説

NASDAQは、2026年4月15日、特別買収目的会社(以下「SPAC」)の新規上場基準を大幅に引き上げる取引所規則変更案(SR-NASDAQ-2026-033)を提出しました。この規則変更は、連邦証券取引法第19条(b)(3)(A)の「届出即時効力発生」手続きを利用したため、2026年5月15日より自動的に運用が開始されています。

本件の上場基準引き上げの背景には、2021年の米国証券取引委員会(以下「SEC」)によるSPACワラントの会計処理に関する方針公表(ワラントを自己資本ではなく負債として分類・計上する義務)やその後の会計審査が存在します。これにより、多くのSPACがキャピタル市場への新規上場時に従来求められていた一般的な財務基準(最低自己資本要件など)をクリアできなくなり、自己資本基準の存在しないグローバル市場の市場価値基準(旧基準:7,500万ドル)へ大挙してリスティングを申請する事態が発生していました。NASDAQは、流動性の乏しい小規模なSPACの上場急増を防ぎ、投資家に対する規模と品質の担保を図るため、上場障壁を一挙に引き上げる決定を下しました。

新規制は、グローバル市場における時価総額の最低要件を大きく引き上げると同時に、キャピタル市場においては一般的な事業会社向け基準の流用を全面的に排除し、非常に厳格な「SPAC専用の上場基準(Rule 5505(b)(4))」を新設しました。この新規上場基準の改定は、日本企業が合併パートナーとして選択可能なSPAC市場の構造自体を変化させます。第一に、資金調達規模が小さく小回りの利く「ミニSPAC」の組成がNASDAQ上で不可能となるため、小規模な日本企業が小額のde-SPACを通じて米国市場へ滑り込む経路が実質的に遮断されます。第二に、de-SPAC後の存続会社に対しても、NASDAQの規則上、合併完了時点でいずれかの新規上場基準を改めて満たすことが求められ(IM-5101-2)、2024年の規則改正により、これを満たさない場合には直ちに上場廃止手続きが開始されることとなったため、合併後の評価額や流動性が低い企業は上場資格を維持できません。このため、日本企業がde-SPACを選択する際には、これまで以上に「機関投資家が参画する大規模なSPAC」との提携が必須となり、より洗練された企業ガバナンスと、強固な事業プロジェクション(財務予測)の開示が義務付けられることになります。デラウェア州の最新判例等に鑑みても、情報開示の不備や償還権の不当な侵害を理由とする受託者責任訴訟のリスクが高まっており、極めて精緻な対応を求められています。

規制強化の契機となったSECワラント会計解釈と市場の構造的歪み

NASDAQがSPACの新規上場基準を急遽引き上げるに至った背景を理解するためには、2021年4月にSECが示したワラント(新株予約権)の会計処理に関する新たな見解に遡る必要があります。従来、多くのSPACは投資ユニットに付随して発行するワラントを純資産(自己資本)として計上していましたが、SECは特定の希薄化防止条項や決済条項を含むワラントについて、自己資本ではなく「金融負債」として分類し、各四半期末の公正価値で時価評価して損益計算書に反映させることを義務付けました。この会計方針の変更により、事業実体を持たず信託勘定の資金のみを保有する多くのSPACにおいて、貸借対照表上の自己資本が急激に減少、あるいは債務超過に近い状態へと陥る事態が多発しました。

NASDAQのキャピタル市場に新規上場する際、従来の一般的な事業会社向けの基準(Rule 5505(b)(2))を利用する場合、一定の自己資本要件(400万ドル)を満たす必要がありました。しかし、ワラントが負債に分類されたことでこの基準をクリアできなくなったSPACが続出し、自己資本基準が設定されていないグローバル市場の市場価値基準(旧基準:7,500万ドル)に大挙してリスティングを申請する事態が発生しました。この現象は、グローバル市場における流動性の乏しい小規模なSPACの上場急増を招き、取引所の品質低下が懸念される事態となりました。NASDAQはこうした市場の歪みを施正し、投資家保護を図るため、上場障壁を一挙に引き上げることを決定したのです。

ここで、日本の法律や会計基準との重要な相違点に留意する必要があります。日本においては、企業会計基準第5号「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準」および会社計算規則に基づき、会社法第238条以下の手続により発行された新株予約権の払込金額は、純資産の部に計上することとされています。日本においては、特定の希薄化防止条項が存在することを理由に、新株予約権を一律に金融負債に分類し、四半期ごとに時価評価してその変動を純損益に反映させるような厳格な処理は行われません。したがって、日本国内の取引所に準じた感覚で米国のSPACの財務諸表を分析すると、その負債比率や自己資本の過少さに誤解が生じるリスクがあります。米国の上場実務においては、ワラントがもたらす財務数値への影響や上場基準への抵触リスクをあらかじめ見越した高度なストラクチャリングが求められます。

NASDAQ上場基準の具体的変更内容:二大市場における二層規制

NASDAQ上場基準の具体的変更内容:二大市場における二層規制

今回の規則変更(SR-NASDAQ-2026-033)は、NASDAQグローバル市場における基準の引き上げと、キャピタル市場におけるSPAC専用基準の新設という二層構造から成り立っています。

NASDAQグローバル市場(Nasdaq Global Market)における要件引き上げ

グローバル市場における「市場価値基準(Market Value Standard)」の下で新規上場を申請するSPAC(取引所規則上の「Acquisition Companies」)に関し、上場証券市場価値(MVLS)の最低要件が大幅に引き上げられました。

項目旧基準新基準(2026年5月15日適用)
最低上場証券市場価値(MVLS)7,500万ドル1億ドル
最低公開株の市場価値2,000万ドル2,000万ドル(変更なし)
最低株主数(ラウンドロット)400名400名(変更なし)
登録・活動中のマーケットメーカー数4社4社(変更なし)

この改定により、グローバル市場に上場するSPACは最低でも1億ドルの時価総額を確保することが義務付けられ、中小型のSPACがグローバル市場を利用して上場することは極めて困難になりました。なお、代替的SPAC上場基準(Rule 5406)等では300名の株主数が許容されているのに対し、本基準では400名の株主数が維持されている点に留意が必要です。

NASDAQキャピタル市場(Nasdaq Capital Market)におけるSPAC専用基準「Rule 5505(b)(4)」の新設

キャピタル市場においては、従来の事業会社向け基準(Rule 5505(b)(2))の流用が完全に排除され、新たに「Rule 5505(b)(4)」というSPAC専用の上場基準が創設されました。

項目従来の流用基準(Rule 5505(b)(2))新設SPAC専用基準(Rule 5505(b)(4))
最低上場証券市場価値(MVLS)5,000万ドル7,500万ドル
自己資本(Stockholders’ Equity)400万ドル要件なし(適用除外)
最低公開株の市場価値(MVUPHS)1,500万ドル2,000万ドル(IPO調達資金より充当)
最低株主数300名400名(Rule 5505(a)(3)の改定による)
登録・活動中のマーケットメーカー数3社4社

新基準により、キャピタル市場であっても最低時価総額が7,500万ドルに引き上げられ、株主数も400名以上、マーケットメーカーも4社以上が必要となります。この変更から、これまでのキャピタル市場が有していた「小規模なSPACが容易に上場できる」という性質が失われ、NYSE AmericanのSPAC上場基準と同等の厳格な水準へと引き上げられたことが言えるでしょう。

本件規則変更(SR-NASDAQ-2026-033)の詳細については、こちらをご参照ください。

参考:米国証券取引委員会|Self-Regulatory Organizations; The Nasdaq Stock Market LLC; Notice of Filing and Immediate Effectiveness of Proposed Rule Change to Modify Certain Initial Listing Requirements for Acquisition Companies

デラウェア州の最新判例に見るde-SPAC取引を巡る受託者責任と訴訟リスク

米国のSPACの大部分は、会社法制が高度に発達しているデラウェア州で設立されます。そのため、de-SPAC(合併)プロセスにおける取締役の法的責任は、同州の判例法に基づいて判断されます。デラウェア州の裁判所は、SPACのスポンサーが保有する「創設者株(Founder Shares)」の持つ特有のインセンティブ(合併が成立すれば莫大な利益を得るが、不成立なら無価値になる)が一般株主と構造的に衝突することから、原則として極めて厳格な「完全なる公正性(Entire Fairness)」基準を適用して審理を行います。

この分野のリーディングケースであるデラウェア州衡平法裁判所の判決「In re MultiPlan Corp. Stockholders Litigation, 268 A.3d 784 (Del. Ch. 2022)」(判決日:2022年1月3日)において、裁判所は、取締役会が主要顧客の離脱という重要な事実を開示せず、一般株主の償還権を実質的に阻害したことについて、忠実義務違反の直接請求(Direct Claim)を認めました。この訴訟は、2024年11月に被告側が3,375万ドルの和解金を支払うことで合意し、裁判所により和解が承認されましたが、この金額は今後のSPAC関連訴訟における実務的なリスク評価のベンチマークとなっています。

参考:デラウェア州裁判所| MultiPlan判決全文

その後、同様の訴訟が相次ぎましたが、裁判所は一律に責任を認めているわけではありません。「In re Hennessy Capital Acquisition Corp. IV Stockholder Litigation, No. 2022-0571-LWW」(判決日:2024年5月31日、デラウェア州衡平法裁判所)においては、合併後の事業計画の変更が、開示時点では予見不可能であった後発的事象に基づいていたため、開示に虚偽はなかったとして取締役に対する訴えを却下しました。この却下判決から、デラウェア州法は結果論による訴追を明確に拒絶しており、開示時点で知り得た事実の完全性が問われるということが言えるでしょう。

さらに、「Solak v. Mountain Crest Capital LLC, No. 2023-0469-SG」(判決日:2024年10月18日、デラウェア州衡平法裁判所)では、プロキシ・ステートメント(委任状説明書)において、1株あたりの投資価値が10ドルであると強調しながら、大量の償還や取引費用により実質的に会社に残る「ネットキャッシュ(Net Cash per share)」が約25%も希薄化(7.50ドル未満)している事実を開示しなかった点について、不開示による忠実義務違反の訴えを辛うじて認め、却下申立てを退けました。この判断は、単に全体の価値を語るだけでなく、希薄化の実態を正確に株主に伝える開示の誠実さが求められることを意味しています。

さらに、デラウェア州最高裁判所の最新判決「Reilly v. Horn, No. 426, 2025」(判決日:2026年5月7日)は、de-SPACを巡る不開示や情報不備に基づく訴訟について、懈怠(laches)の法理により類推適用される3年の出訴期限の起算点は「プロキシ・ステートメントが配布された日」であり、償還期限や合併完了日ではないと判示しました。この判決から、合併完了から時間が経過した後に株主が「不開示により不当に償還権を奪われた」と主張して提訴する場合、起算点の早期化により、被告である取締役側の防御の余地が広がったことが言えるでしょう。

日本企業の米国市場進出(de-SPAC)における実務的影響と対応実務

日本企業の米国市場進出(de-SPAC)における実務的影響と対応実務

NASDAQの上場基準の引き上げおよびデラウェア州における厳格な受託者責任・開示要件の発展は、米国市場への進出を検討する日本企業の戦略に大きな転換を迫ります。

ミニSPACの消滅とターゲット企業への要求水準の上昇

第一の影響として、資金調達規模が小さく小回りの利く、いわゆる「ミニSPAC」の組成がNASDAQ上で不可能となったことが挙げられます。時価総額が5,000万ドル前後のSPACが市場から排除されるため、日本企業のスタートアップが小規模なde-SPACを通じて米国市場へ早期に滑り込む経路は実質的に遮断されます。今後は、最初から機関投資家が数多く参画する、時価総額1億ドル以上の大規模なSPACとの提携が不可避となります。これにより、日本企業側には、米国市場の厳しい機関投資家の審査に堪えうる洗練されたガバナンス体制と、強固な事業プロジェクション(財務予測)の開示が義務付けられます。

合併後の上場維持基準と大量償還リスク

第二の影響は、合併プロセスにおける資金流出(償還)と上場廃止リスクへの備えです。SPAC取引においては、既存株主が合併に反対して信託勘定から資金を回収する償還権を行使することが認められており、近年では償還率が90%を超えるケースも多く見られます。NASDAQのルール上、合併後の存続会社(de-SPAC後の実体会社)も、合併完了時に新規上場基準である「7,500万ドルの時価総額要件」等を厳格に満たさなければなりません。存続会社は事業会社としていずれかの上場基準を選択できますが、収益や自己資本の乏しいスタートアップが市場価値基準に依拠する場合、大量償還により時価総額が急減すると基準の充足が困難となります。

合併の合意時に時価総額が制限ギリギリのSPACをパートナーに選んでいた場合、想定以上の大量償還が発生すると、存続会社の時価総額が新規上場基準の水準を下回り、上場が承認されない、あるいは合併直後にデリスト(上場廃止)手続きが開始されるという重大な危機に直面します。このリスクを軽減するためには、合併と同時に機関投資家から個別に資金を調達する「PIPE(Private Investment in Public Equity)」の実施が実務上ほぼ必須となります。しかし、今回の基準引き上げにより、PIPE投資家に対する依存度が極めて高まるため、投資家からより安価な株価や有利なワラント(新株予約権)の発行を要求され、結果として既存のスポンサーや日本企業側の持分が大きく希薄化する、あるいは資金調達コストが大幅に高騰することが考えられます。

日本におけるSPAC制度検討の現状との対比

日本企業にとって関心が高いのは、日本におけるSPAC制度の導入状況との比較です。経済産業省や東京証券取引所は、2021年後半から「SPAC制度の在り方等に関する研究会」等を通じて、日本版SPACの導入に向けた精力的な議論を重ねてきました。2022年2月には「SPAC上場制度における投資家保護等の論点整理」などを公表し、特定の投資家に限定したプロ向け市場でのSPAC導入などを検討してきました。

しかし、日本においては個人投資家の保護に対する要請が極めて根強く、さらに「グロース市場」のように、事業実績が限定的なスタートアップであっても早期に直接IPOを行える柔軟な上場チャネルが既に機能しているため、現時点において日本国内でのSPAC上場制度の導入には至っていません。このため、迅速かつ多額の成長資金の調達を狙ってSPACを活用した上場を目指す日本のスタートアップや成長企業にとっては、依然として米国市場へのクロスボーダーde-SPACが唯一の実質的な選択肢であり、だからこそ今回のNASDAQの規則変更(SR-NASDAQ-2026-033)に対するキャッチアップが決定的な意味を持ちます。

まとめ:NASDAQのSPAC新規上場基準引き上げは弁護士に相談を

NASDAQによるSPAC新規上場基準の大幅な引き上げ(SR-NASDAQ-2026-033)は、ワラントの負債計上義務化という会計実務の変更が生んだ市場の歪みを是正し、資本市場の健全性と投資家保護を担保するための強力な規制改革です。グローバル市場における1億ドルへの要件引き上げ、およびキャピタル市場におけるSPAC専用基準「Rule 5505(b)(4)」の新設は、米国市場における中小型SPACの淘汰を促し、日本企業が小規模なde-SPACを通じて早期上場を果たす経路を狭める結果となりました。今後は、機関投資家が参画する大規模なSPACとの提携が必須となり、日本企業側にはデラウェア州判例法が要請する正確な情報開示(特に償還時の希薄化に関するネットキャッシュの開示)や高度なガバナンスが厳格に要求されます。

米国市場における最新の規制動向の把握や、米国会社法に準拠した複雑なクロスボーダーM&Aの実行には、日米両国の証券法制や取引所規則に精通した専門家による法的なアドバイスが不可欠です。

当事務所による対策のご案内

モノリス法律事務所では、米国の金融規制や取引所規則の変更に伴う法的影響の分析、デラウェア州会社法に準拠したガバナンス体制の設計、およびクロスボーダーM&Aやde-SPACプロセスにおける高度なデューディリジェンスや開示書類のリーガルチェックなど、米国市場でのビジネス展開や上場スキームを検討される日本企業の皆様の多様な法的課題に対し、実務に即した確かなサポートをいたします。NASDAQ上場支援については、下記記事をご参照ください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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