不正競争防止法を解説 信用毀損行為の損害賠償の要件と判例
営業上の信用を毀損するような行為は、刑法では、信用毀損罪・業務妨害罪に該当する場合があります(刑法第233条)。
また、信用毀損行為が行われた場合、民法に定める「不法行為」による損害賠償請求も可能です(民法第709条)。
一方、民法上の不法行為責任とは別に、不正競争防止法(不競法)により、営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する不正競争に対しては、損害賠償だけでなく停止や予防の請求ができます。
ここでは、不正競争防止法の規定を根拠として損害賠償を請求する要件と、その場合にはどのような利点があるのかを解説します。
この記事の目次
名誉毀損と信用毀損
刑法第230条1項は、「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者」について、名誉毀損罪が成立するとしていますが、この「人」には、法人などの団体も含まれると解され、法人が被った名誉侵害については、「無形の損害」として賠償請求できることが判例となっています(最高裁判所1964年1月28日判決)。
ここで、一般的な名誉毀損の訴訟において認められる損害は、原告が名誉毀損行為によって被った慰謝料等に限定され、逸失利益等の財産的損害が認められることは、ほとんどないのですが、
名誉毀損のうち、企業等の経済的側面における社会的評価を低下させる信用毀損によって生まれる損害は、無形的損害等にとどまらず、信用失墜による取引中止や売上減少という財産的損害に及ぶ場合があります。
そこで、不正競争防止法を根拠として信用毀損行為を訴えると、「損害額の推定規定」(同法第4条)が活用できる場合があります。
信用毀損行為が行われたとしても、当該の行為と因果関係のある損害がどの程度になるのかについて民法を根拠にして算定や立証を行うことは、非常に困難です。
しかし、不正競争防止法を根拠にすると、侵害者が当該行為により利益を受けた額を損害額として推定するなどの規定を活用でき、権利者にとって損害立証の困難性が軽減されることとなるのです。
また、民法を根拠にすると、損害賠償請求は認められても差止請求が認められるとは限りませんが、不正競争防止法を根拠とする場合には、当該不正競争行為に対して差止請求(同法第3条)、信用回復措置請求(同法第14条)が認められる可能性もあります。
不正競争防止法と不正競争行為
不正競争防止法では、不正競争を次のように、定義しています。
第2条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
14 競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為
この不正競争の要件について、詳しく見てみます。
不正競争の要件1:競争関係
不正競争の第1の要件は、競争関係が存在することです。
非競争者間における誹謗等の信用毀損行為は、不正競争防止法の問題ではなく、一般不法行為の問題として処理されることとなります。
ここで、競争関係とは、「双方の営業につき、その需要者又は取引者を共通にする可能性があることで足りる」(経済産業省:逐条解説不正競争防止法)とされています。
また、これまでの裁判例から、公正な競争秩序を維持する観点から、同種の商品を扱うような業務関係にあれば競争関係にあることになり、現実に競争関係が存在していなくとも、市場において競合が生じる可能性や潜在的競争関係があれば、それで足りるとされています。
不正競争の要件2:他人
不正競争の第2の要件として、当該告知等の行為によって信用を害される相手方となる「他人」が特定されていることが必要です。
ただし、当該の「他人」の名称自体が明示されていなくても、「告知等の内容や業界内で周知の情報から、相手方となった取引先において、他人が誰を指すのか理解できるのであれば、それで足りる」(経済産業省:逐条解説不正競争防止法)とされています。
特定の他人とはいっても、名指しする必要はありません。相手方が誰を指すのかが判別できるなら、要件を満たします。
なお、この他人には、会社その他の法人、個人事業者が含まれます。
また、学会のような法人格のない団体(権利能力のない社団)も他人となりますが、特定の他人である必要があるので、業界全体の信用を毀損した場合などには、通常は他人とはみなされません。
不正競争の要件3:虚偽の事実
不正競争の第3の要件である「虚偽の事実」とは、客観的真実に反する事実のことをいいます。
「行為者自らが虚構したものであると、他人が虚構したものであるとを問わず、表現を緩和したものであっても、表現の実質的内容が事実に反している場合は、これに含まれる」(経済産業省:逐条解説不正競争防止法)こととなります。
また、「行為者自らが虚構したものであると、他人が虚構したものであるとを問わず」なので、行為者が、当該告知や流布の内容について虚偽であることを知っていた場合はもちろん、真実であると誤解していたからといって、それだけで不正競争の成立を免れるわけではありません。
そして、ある商品の性能や品質に対する批判であっても、それが客観的真実に反していなければ、虚偽の事実とはなりませんが、事実の告知や流布については、事実を断定しなくても、「~かもしれない」「~の可能性がある」のような「表現を緩和したもの」であっても、「表現の実質的内容が事実に反している場合」には、虚偽の事実に該当する場合があることになります。
不正競争の要件4:告知・流布
不正競争の第4の要件のうち「告知」とは、虚偽の事実を、特定の人に対して個別的に伝達する行為をいいます。
例えば、来店した客に対して競争事業者の商品の欠点を知らせる、競業会社の取引先に書面で通知する等の行為がこれに該当します。
「流布」とは、虚偽の事実を不特定の人又は多数の人に対して伝える行為をいいます。例えば、インターネットへの記事掲載がこれに当たり、新聞紙上に競争事業者の商品を誹謗するような広告を掲載する等の行為もこれに該当します。
不正競争を問題とした裁判例
不正競争防止法第2条1項14号に基づき、損害賠償を求めた事例を見ながら、これらの要件が実際の裁判ではどのように判断されているかを見てみます。
不正競争行為を巡る裁判
歯列矯正の際に歯に取り付けるブラケットと呼ばれる装置の特許権を有していると主張する被告会社が、原告会社の取引先であるA社に対して、米国法人である原告会社が製造しA社が輸入・販売する原告製品につき、
「自社の保有する特許権を侵害している」とメールで通知したことから、A社は原告製品の輸入・販売を中止せざるを得なくなりました。
被告会社によれば、被告会社の常務取締役であるBとCが本件製品を共同発明し、2人を共同発明者として特許を出願していたとのことでした。
ところが、実際には、被告会社はBから特許を受ける権利の譲渡を受けておらず、本件特許出願は、特許を受ける権利を有しない者による冒認出願(特許を受ける権利を有しない者が特許出願すること)だったのです。
約3年の発売中断の後にこれを知った原告会社が販売を再開するとともに、被告会社に対し、上記特許権は無効であり、したがって被告会社によるA社への通知は虚偽の事実の告知であって、不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に当たると主張し、損害賠償を求めました。
不正競争行為に当たるか否か
裁判所は、被告会社によるA社への警告は、A社が原告会社から輸入して販売する原告会社製品が特許侵害品である旨の告知なのだから、原告会社の営業上の信用を害する事実の告知であるとしました。
そして、本件発明に係る特許については冒認出願であり、同特許権は初めから存在しなかったものとみなされるので(特許法125条)、A社による原告会社製品の輸入及び販売は被告会社の特許権を侵害しないし、被告会社は特許権に基づいて権利行使することはできないとして、
したがって、被告のA社に対する本件各告知は、本件発明に係る特許が存在しないにもかかわらず、原告製品の輸入及び販売がその特許権を侵害するという事実を告知したものであって、虚偽の事実の告知に当たると認めるのが相当である。
東京地方裁判所2017年2月17日判決
としました。
また、被告会社は「権利侵害を疑われる行為を行う本人に対して権利侵害の事実を申述する行為は、不競法2条1項14号の不正競争行為に当たらない」と主張しましたが、裁判所は、
A社は権利侵害を疑われる行為を行う本人ではあるものの、A社に対して本件各告知がされることにより、A社ではなく、原告製品の製造元である原告の営業上の信用が害されるのだから、上記告知は、「他人の営業上の信用を害する虚偽の事実の告知」に当たるというべきである
ともしています。
ともに歯列矯正の際に歯に取り付けるブラケットを販売する原告会社と被告会社が競争関係にあることは明白なので、被告会社の行為は「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」となり、不正競争防止法第2条1項14号の不正競争行為であると認められました。
損害発生の有無とその額
不正競争防止法では、損害賠償を次のように、定義しています。
第4条 故意又は過失により不正競争を行って他人の営業上の利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。
これに基づき、裁判所は、販売を中止していた約3年分の利益を損害金として、算定しました。販売直前の1年と直後の1年の販売数から年平均販売数を算出し、3年分の販売可能であった数量を推定し、これに販売単価を掛け、原料費及び外注費を引いた額となります。
こうして、推定された逸失利益12万7174.5米国ドル、弁護士費用1万3000米国ドル、合計14万174.5米国ドルが損害額として認められました。
このように、不正競争防止法を根拠として信用毀損行為を訴えれば、損害額の推定がなされます。
本事例では、販売会社へのメールだけであり、広く「流布」したわけではないので、謝罪広告などは原告も求めていませんでしたが、ネット上などで広範囲に告知し、流布させていたら、謝罪広告なども求めることが可能な案件でした。
まとめ
会社としての名誉や信用が損害された場合、損害額を金銭によって一義的に評価することは難しく、証明が困難な場合が多くありますが、不正競争防止法に基づいて損害回復を求めれば、裁判所は裁量により損害額を算定してくれます。
自己の会社の名誉や信用が毀損されている方は、不正競争防止法に基づいて損害賠償を請求できる可能性があります。経験豊かな弁護士にご相談ください。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務