名誉感情の侵害(侮辱罪)とは?週刊誌報道の事例等を解説
名誉感情、すなわち人が自分自身の人格的価値について有する主観的評価も法律で保護されるべき利益であり、表現がはなはだしく下品であったり、侮辱的、誹謗中傷的であるなど、社会通念上許容される限度を超える侮辱行為は、人格権を侵害するものとして、名誉感情侵害(侮辱罪)とされる可能性があります。
名誉毀損は、不特定多数の人が知ることになる状況(公然)で、真実又は虚偽の事実を指摘して、人の名誉を毀損することによって成立する罪です。
一方、名誉感情侵害(侮辱罪)は、対象者が当該表現をどのように受け止めるのかが決定的に重要であり、自己に関する表現であると認識することができれば成立し得るとされています。名誉感情侵害の場合、公然と、すなわち、不特定又は多数の者に伝播し得る態様で行われなかったとしても、社会通念上許容される限度を超えて名誉感情を傷つけたと認められる場合には、不法行為となります。
実際の裁判において、名誉感情侵害(侮辱罪)の成立要件はどのように判断されているのか、本記事で紹介していきます。
この記事の目次
名誉毀損と名誉感情侵害(侮辱罪)を巡る裁判
2014年、福岡県内に住む20代の男性が栄養士免許を取得して管理栄養士国家試験の受験資格を取得することを希望しました。福岡女子大学の社会人枠に入学願書を提出しましたが受理されず、男性であることを理由に受験を拒否するのは憲法違反だと訴えた事例があります。
事案の概要
翌年、男性は訴えを取り下げ、この裁判は終結したのですが、この問題を取り上げた週刊誌A、架空の「ゲイバーのママ」名義で執筆された体裁をとる「女子大に入りたい男」との表題が付された記事を掲載し、男性は名誉を毀損され又は名誉感情を侵害されたと主張して、損害賠償を求めて提訴しました。
なお、週刊誌Aの記事には実名は出ておらず、「匿名情報に対する侮辱罪が成立するか」という点から、興味深い裁判となりました。同定可能性がない状態での侮辱の成否と言うこともできます。
裁判所の名誉毀損に対する判断
記事においては、例えば、「結局C大に文句を言っている男の子も甘ったれているのよ。そんなに小遣いが欲しいなら歌舞伎役者みたいに体を売ればいいじゃない。そういう経験がゲイの肥やしになるんだから」というような、本件記事の男性の行為に対する否定的な意見が書かれていたのですが、裁判所はこれらの部分には、記述された男性の社会的評価を低下させる「事実」の摘示は存在しないとして名誉毀損は認めませんでした。
本件記事の上記部分は、売春を勧める等本件記事の男性に対する侮辱的な表現を用いて、本件記事の男性による別件訴訟の提起を批判したものであるが、一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすると、本件記事の男性が慰謝料請求を含む別件訴訟を提起した事実のみを基礎として、それに対する「ママ」のいささか偏った主観や評価が述べられていると受け取るに過ぎない。かかる批判的な論評を受けたとしても、直ちに本件記事の男性に対する社会的評価が低下するものではない。
福岡地方裁判所2019年9月26日判決
裁判所の名誉感情侵害に対する判断
本件記事では「バカじゃないかしら」「平等バカ」といった侮辱的な表現を用いて男性に対する論評が行われており、名誉感情侵害については、原告の名誉感情を一定程度侵害していることは否定できないとしました。
一方で、「バカ」という表現は社会生活上頻繁に用いられる侮辱的表現であり、男性の人格的価値を貶める程度が大きいとはいえないと判断しています。「バカ」という評価をする具体的な事実や根拠等が示されていない上、男性の知能が低いという意味合いではなく、男性の見解に対し「賛同できない」という批判の意味合いで用いられたと考えられるなど、あらゆる事情を考慮して、社会通念上許容される限度を超えるとまではいえないと結論付けました。
「そんなに小遣いが欲しいなら歌舞伎役者みたいに体を売ればいいじゃない。そういう経験がゲイの肥やしになるんだから」と論評した部分及び歌舞伎役者の売春事情等を記載した部分については、
訴訟を提起するよりも売春を行うように勧奨するものであり、今日では売春が社会的な害悪であって違法行為とされていることを考えれば、到底受け入れられない提案をあえてすることによって、原告を攻撃するものということができる。
もはや原告の行為に対する正当な批判の限度を超えて原告の人格に対する攻撃に及んでいるというべきであって、本件雑誌の社会的影響力等諸般の事情を総合的に考慮すれば、本件記事の上記部分は社会通念上許容される限度を超える侮辱行為に当たると解するのが相当である。
福岡地方裁判所2019年9月26日判決
として、名誉感情侵害(侮辱罪)を認めました。
同定可能性について
同定可能性については、「名誉感情侵害はその性質上、対象者が当該表現をどのように受け止めるのかが決定的に重要であることからすれば、対象者が自己に関する表現であると認識することができれば成立し得ると解するのが相当である」という考え方を引き、本件の対象者である男性、すなわち原告は名前が記されていなくても、本件記事が自己に関する記事であると認識できているとして、名誉感情侵害(侮辱罪)を認めました。
そして、本件の場合には、
本件サイトにおいて原告が掲載した見積依頼を閲覧した弁護士らのほか、原告とやりとりをした報道関係者らは、原告が別件訴訟を提起する予定であることを認識していたということができ、本件記事の男性が原告であると同定できたというべきである。さらに、別件訴訟の被告であるC大学においても、訴訟対応のため訴状を確認した者が存在し、その者については訴状に記載されていた氏名等の情報から、本件記事の男性が原告であると同定可能であったといえる。そして、これらの者を起点として、本件記事の男性が原告である旨が伝播する可能性は否定できず、本件記事が読者として想定する者のうち一定の広がりをもった範囲の人々、すなわち不特定多数の人々への伝播可能性が認められるというべきである。
結局、本件では、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として、本件記事の男性が原告であると同定することが可能であると認められ、同定可能性が認められない場合に比べ、原告の名誉感情を侵害する程度が大きいということができる。
福岡地方裁判所2019年9月26日判決
として、慰謝料50万円、弁護士費用5万円、合計55万円の損害賠償金の支払いを週刊誌Aに命じました。
まとめ
名誉感情侵害(侮辱罪)は対象者自身の内心の問題であるので、同定可能性がなくても、第三者から見ればどこの誰か分からない場合でも、対象者が侮辱されたと思った場合には、成立する可能性があります。匿名アカウントだからといって誹謗中傷をすれば、責任を追及される可能性があります。
誹謗中傷や罵倒を繰り返されている場合には、すみやかに経験豊かな弁護士にご相談ください。
カテゴリー: 風評被害対策
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