パブリシティ権とは?肖像権との違いや権利侵害になる場面を解説
人は誰でも、個人の私生活上の自由として、みだりに自己の容ぼうや姿態を撮影されたり、撮影された肖像写真を公表されたりしないという人格的利益を有しており、この利益は肖像権として法的に保護されています。
一方、肖像権に類似する権利として、パブリシティ権と呼ばれるものがあります。これは、主に芸能人やプロスポーツ選手などの著名人に認められる権利であるとされています。
この記事では、パブリシティ権とは何か、どのような場合に権利侵害となるかなどを、他の類似の権利と比較しつつ解説します。
この記事の目次
パブリシティ権とは
パブリシティ権には法律上の定義がありませんが、裁判により少しずつその性質が明確になり、認められてきた権利です。
判例上、パブリシティ権とは「顧客吸引力を排他的に利用する権利」と捉えられています(最判平成24年2月2日民集 66巻2号89頁)。
具体的な例を挙げて説明しましょう。
テレビCMや雑誌の表紙には、芸能人やプロスポーツ選手などの著名人が起用されています。ただ人物を写すだけでよければ、CMを出す企業の従業員や、雑誌の編集者などを起用すれば手間や費用を抑えられると考えられますが、そのような例はあまり見かけません。なぜならば、世間に知られていない従業員よりも、著名⼈の肖像や名前を使って商品やサービスを宣伝した方が販売が促進されるからです。
自分の好きな俳優やスポーツ選手が使っている商品であれば自分も使ってみたい、著名人が薦める商品であるならきっと良い商品なのだろうと思ってもらうことが期待でき、商品やサービスを手に取ってくれる人が増えることが見込まれます。
このような顧客を引き付ける力は、その人が著名人になることによって得た力ですから、著名人本人のみが利用できるものであり、他人が自由に利用することは許されないと考えられています。この「顧客を引き付ける力を自分のみが利用できる権利」こそがパブリシティ権なのです。
パブリシティ権と類似する権利との対比
パブリシティ権と肖像権の違い
パブリシティ権と同様に、人の容ぼうに関わる権利として、肖像権が挙げられます。この二つの権利の違いは、「何を保護しているか」です。
- 肖像権:人のプライバシーなどの人格的利益を保護する権利
- パブリシティ権:商業的・経済的価値を保護する権利
例えば、飲食店を経営していたところ、たまたま有名な俳優Aが来店したので、こっそりと盗撮し、後日「有名なあのAさんもご来店!」と盗撮画像をSNSにアップして店を宣伝した場面を考えます。
このとき、盗撮した画像をSNSにアップする行為は、撮影された人のプライバシーに関わる問題であるため、肖像権の問題になります。
一方で「有名なあのAさんもご来店!」と宣伝して利益を上げようとする行為は、Aさんの氏名や肖像による顧客吸引力という商業的・経済的利益に関わる問題であるため、パブリシティ権の問題となります。
肖像権については、下記記事で詳しく解説をしています。
関連記事:Instagramのストーリー機能で投稿された画像や動画と肖像権の関係
パブリシティ権と著作権の違い
また、経済的側面を有する排他的権利という点でパブリシティ権と共通する権利としては、著作権が挙げられます。
著作権は創作性が認められている「著作物」(著作権法第2条第1項第1号)に観念される権利であり、著作物を排他的に利用できる権利をいいます。
しかし、著作権を有するのは、著作物を創作した「著作者」(著作権法2条1項2号)であるため、撮影された人の持つパブリシティ権とは権利者が異なる場合があります。
例えば、イベントの告知用に、有名なスポーツ選手Bをモデルにしたポスターの作成が決まり、カメラマンCが写真を撮影した場面を考えます。ここで、第三者がこの写真を手に入れ、誰の許可も取らずに雑誌の表紙として利用した場合、誰の権利が問題になるでしょうか。
このとき、ポスター用の写真に写っているのはBであり、その顧客吸引力を見込んで写真が利用されるため、Bのパブリシティ権が問題になるといえます。
しかし、ポスター用の写真という著作物を創作したのは、撮影したCですから、原則として著作権者はCとなり、写真の無断利用はCの著作権に抵触する事になります。
もっとも、このような場合、ポスターの著作者はカメラマンC個人なのか、ポスターの制作を企画した企業なのかという点について、職務著作の問題があります。職務著作については、別記事をご参照ください。
関連記事:職務著作とは?4個の要件と法人が著作権を得る方法を解説
パブリシティ権が問題となった事例
最初に説明したとおり、パブリシティ権は裁判を通してその性質や内容が明確になってきた権利です。以下では、パブリシティ権について争われた裁判例の一部を紹介します。
マーク・レスター事件
この事例は、当時、世界各国で人気を博していた子役俳優のマーク・レスターが出演する映画のワンシーンを、映画会社が本人に無断でテレビコマーシャルに提供し、コマーシャルでは本人の映像とともに「マーク・レスターも大好きです。」というナレーションが入れられていたものです。
マーク・レスターは映画会社とコマーシャルを制作したお菓子メーカーに対して、損害賠償および謝罪広告を求めたところ、東京地方裁判所は、
俳優等の氏名や肖像を商品等の宣伝に利用することにより、俳優等の社会的評価、名声、印象等が、その商品等の宣伝、販売促進に望ましい効果を収め得る場合があるのであって、これを俳優等の側からみれば、俳優等は、自らかち得た名声の故に、自己の氏名や肖像を対価を得て第三者に専属的に利用させうる利益を有しているのである。
東京地判昭和51年6月29日判タ339号136頁
として、映画会社に対する損害賠償請求のみを認めました。
この判決では、パブリシティ権の言葉は使われていないものの、「俳優などが自己の氏名や肖像を対価を得て第三者に専属的に利用させうる利益」は、パブリシティ権と同様の概念であると考えられます。
ブブカスペシャル7事件
この事例は、合計16人の女性アーティストのデビュー前の姿や路上通行中の様子を撮影した写真などが「ブブカスペシャルvol.7」に無断で多数掲載されたことを受け、雑誌の出版社などに対する損害賠償について争われたものです。
東京高等裁判所は、
著名な芸能人の名声,社会的評価,知名度等,そしてこれらを表現する肖像等,これが表す顧客吸引力などを無断で利用する行為に対しては,プライバシー権侵害とは別個の不法行為を構成する場合があると解するのが,公平の原則にも合致するというべきである。
東京高判平成18年4月26日判タ1214号91頁
として、パブリシティ権と同様の概念について、法律上の保護を与えるべきとの見解を示しました。
そのうえで、著名人の名声や社会的評価、知名度、肖像などが出版物の販売、促進のために用いられたか否か、その肖像などの利用が無断の商業的利用に該当するかどうかを検討してパブリシティ権の侵害の成否を判断するとの基準を示しました。
ピンク・レディー事件
最高裁でパブリシティ権について判断がなされた重要な判例として、ピンク・レディー事件があります。これは、ピンク・レディーの振り付けを利用したダイエット法を紹介する週刊誌の記事において、ピンク・レディーの写真を使用したことにつき、雑誌の出版社が損害賠償を求められた事例です。
最高裁は、
個人は、人格権に由来するものとして、これをみだりに利用されない権利を有すると解される。そして、肖像等は、商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合があり、このような顧客吸引力を排他的に利用する権利(以下「パブリシティ権」という。)は、肖像等それ自体の商業的価値に基づくものであるから、上記の人格権に由来する権利の一内容を構成するものということができる
最判平成24年2月2日民集66巻2号89頁
として、初めてパブリシティ権の存在を認めました。また、侵害の判断基準として 、
肖像等を無断で使用する行為は、①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し、②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し、③肖像等を商品等の広告として使用するなど、専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に、パブリシティ権を侵害するものとして、不法行為法上違法となると解するのが相当である。
最判平成24年2月2日民集66巻2号89頁
とも言及しました。
もっともこの事例では、週刊誌全体の約200ページのうち、ピンク・レディーの写真は3ページにしか使用されていないこと、記事の内容はピンク・レディーそのものの紹介ではなく、ダイエット法の解説とともに、ピンク・レディーの曲の振り付けをまねていた思い出などを紹介するものであったこと、等の事情がありました。
最高裁は、これらの事情を考慮した結果、ピンク・レディーの写真はあくまで記事内容を補足する目的で使用されており、専ら肖像などの有する顧客吸引力の利用を目的とするものとはいえないとして、パブリシティ権の侵害は認められませんでした。
ギャロップレーサー事件
ここまで紹介してきた事例は、人のパブリシティ権が問題となったものでしたが、ギャロップレーサー事件は、物(競走馬)のパブリシティ権が問題となった事例です。
競走馬の所有者が、その競走馬の名称を無断で利用し、製作・販売されたゲームの制作会社などに対し、パブリシティ権の侵害を理由としてゲームの制作・販売などの差止め及び損害賠償を求めました。
最高裁判所は、競走馬の名称などが顧客吸引力を有するとしても,法令などの根拠もなく競走馬の所有者に対し排他的な使用権などを認めることは相当ではないとして、物のパブリシティ権は認められないことを明確にしました(最判平成16年2月13日民集58巻2号311頁)。
この判断の背景には、物の名称の使用などについては、商標法や著作権法などの知的財産権に関する法律が排他的な使用権を規定していることが挙げられています。
パブリシティ権に関わる今後の議論
パブリシティ権の性質
パブリシティ権は商業的価値を保護していることから、「財産権」に属するものではないかとも考えられていたのですが、最高裁は「人格権に由来する」としました(最判平成24年2月2日民集66巻2号89頁)。
人格権の一つである著作者人格権について、著作権法第59条では、「著作者人格権は、著作者の一身に専属し、譲渡することができない」と定められています。これと同様に考えるとすれば、人格権に由来するパブリシティ権も譲渡できないと考えられます。
また、民法第896条には「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない」とあり、一身専属性の権利である人格権は相続できません。
そうなると、芸能人やプロスポーツ選手などのような著名人のパブリシティ権は、本人が死亡しても相続人に承継されないことになりますが、権利者がいない以上、誰でも自由に使っていいのかという問題が生じることになります。
ネット上でのパブリシティ権
ここまで紹介した事案の多くは、著名人の写真などが紙媒体に掲載された事案でしたが、今後はSNSや動画サイトなどのインターネット上での取り扱いが問題になっていくと考えられます。
デジタル環境は紙媒体と異なり、一般人による投稿でも世界中に広く拡散されるおそれがあります。
このような特徴がパブリシティ権の侵害の成否を判断する際にどのように考慮されるのか、これまでの裁判例と同様の考慮事項・判断枠組みが用いられるのかなど、これまで蓄積されてきた裁判例を踏まえても、今後もパブリシティ権をめぐる議論がなされていくでしょう。
まとめ:パブリシティ権侵害の判断は弁護士へ
タレントやスポーツ選手、インフルエンサーを用いた企業の広告活動などは、SNSなどの広告手段の多様化に伴い、今後さらに活発になり、その形式を変化させていくことでしょう。
一方で、その広告がパブリシティ権を侵害していないかを慎重に判断する必要性も高まります。作成した広告などが被写体の権利を侵害していないかどうか判断する際には、専門知識や経験の豊かな弁護士に相談することをおすすめします。
当事務所による対策のご案内
モノリス法律事務所は、IT、特にインターネットと法律の両面に高い専門性を有する法律事務所です。近年、ネット上に拡散された風評被害や誹謗中傷に関する情報を看過すると深刻な被害をもたらします。当事務所では風評被害や炎上対策を行うソリューション提供を行っております。下記記事にて詳細を記載しております。
モノリス法律事務所の取扱分野:風評被害対策