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ネパール連邦民主共和国の労働法における主要な雇用形態とその相違点

ネパール労働法2074(2017年制定、以下「本法」)は、労働者の権利保護と使用者・労働者関係の円滑化を目指し、旧法(2048年)から大幅に改正されました。本法は、会社、個人事務所、パートナーシップ、協同組合、協会など、営利・非営利を問わず幅広い組織に適用されます。これは、旧法よりも適用範囲が広がり、労働市場全体をより規制しようとする意図が見て取れます。したがって、日本企業は、どのような形態でネパールに進出するにしても、本法の適用を受けることを前提とした法務・人事戦略が必要となります。

なお、ネパールでは、西暦とは別にビクラム暦という独自の暦が使われています。ビクラム暦は紀元前57年を起年とし、西暦の4月半ばを新年とします。例えば、西暦2017年はビクラム暦では2073年又は2074年です。先述した「ネパール労働法2074(2017年制定)」という表記は、このビクラム暦によるものです。

本記事は、ネパールでの事業展開を検討されている日本の経営者や法務部員の方々が、ネパール労働法の主要な雇用形態とその実務上の留意点を深く理解できるよう、具体的な法令条文を根拠に解説します。

また、ネパールの法律の全体像とその概要に関しては以下の記事で解説しています。

関連記事:ネパール連邦民主共和国の法律の全体像とその概要を弁護士が解説

ネパール労働法2074(2017年)の概要

ネパール労働法2074(2017年)は、ネパールにおける労働関係を包括的に規律する主要な法律です。この法律は、会社、個人事務所、パートナーシップ、協同組合、協会、その他の組織など、現行法に基づいて設立または運営されるあらゆる種類の事業体(営利・非営利を問わず)に適用されます。旧労働法2048(1992年)では、小規模企業は適用外となる場面がありましたが、これと比較して適用範囲が拡大され、労働市場の規制が強化されています。したがって、ネパールで事業を展開するすべての日本企業が、従業員数に関わらず、本法の規定を遵守する必要があり、進出初期段階から労働法務コンプライアンスへの意識が不可欠となります。

本法は、強制労働や児童労働の禁止、非差別、公正な報酬、労働組合結成の権利の保障など、労働者の基本的な権利を保護することを目的としています。原則として雇用契約の締結が義務付けられており、報酬、福利厚生、雇用条件、その他所定の事項を明記する必要があります。ただし、臨時雇用については書面による契約は必須ではありません。雇用関係は、書面または口頭による契約、あるいは臨時雇用の場合には労働者が雇用された日またはサービスを提供した時点から成立するとされています。

試用期間は最長6ヶ月と定められており、この期間中に労働者の働きが不十分であれば契約を解除することができます。試用期間終了後も契約が解除されなければ、雇用関係は自動的に有効とみなされます。

ネパールにおける主要な雇用形態の詳細と日本法との比較

ネパール労働法2074(2017年)は、労働法第10条に基づき、主要な5つの雇用形態を定めています。これらは「常用雇用」「業務ベース雇用」「期間ベース雇用」「臨時雇用」「パートタイム雇用」であり、それぞれ異なる特性と法的効果を持ちます。

雇用形態定義契約期間書面契約の要否試用期間社会保障の適用雇用終了の容易性主な特徴/日本法との違い
常用雇用業務ベース、期間ベース、臨時雇用のいずれにも該当しない雇用定めなし必要最長6ヶ月原則適用日本よりは容易な可能性日本の「正社員」に類似。解雇規制は日本ほど厳格ではない可能性。定年60歳
業務ベース雇用特定の業務やサービスの遂行を目的とする雇用特定業務完了まで必要原則なし適用される可能性あり業務完了で自動終了日本の「請負」と異なり労働法適用。プロジェクト延長で雇用継続可能
期間ベース雇用特定の期間を指定した雇用特定期間まで必要原則なし原則適用期間満了で自動終了日本の「有期雇用」に類似。無期転換ルールや雇い止め法理の明示的規定なし。
臨時雇用1ヶ月のうち7日以下の期間の雇用1ヶ月7日以下不要なし適用される可能性あり労使の意思でいつでも終了非常に柔軟。日本の日雇いより終了が容易。
パートタイム雇用週35時間以下の労働に従事する雇用定めなし/契約による必要最長6ヶ月の可能性原則適用(比例拠出)常用雇用に準ずる日本の「パートタイム労働者」に類似。社会保障適用が広範な可能性。

常用雇用(Regular Employment)

常用雇用は、業務ベース雇用、期間ベース雇用、臨時雇用のいずれにも該当しない、その他のあらゆる種類の雇用を指します。これは、雇用期間の定めがなく、継続的な業務に従事する形態であり、労働者に最も安定した法的保護と長期的な利益を提供するものです。常用雇用者は、有給休暇(年次、病気、産前産後など)、積立基金、退職金、保険、および法的解雇時の退職手当など、幅広い法的利益と保護を受ける権利があります

雇用契約は書面による締結が必須であり、最長6ヶ月の試用期間を設けることができます。試用期間中に労働者の働きが不十分であれば契約を解除できますが、解除されなければ自動的に有効な雇用関係が成立します。労働時間は1日8時間、週48時間を超えることはできません。5時間連続勤務後には30分の休憩が必要です。休暇については、週休、祝日休暇、年次有給休暇、病気休暇、産前産後休暇、忌引休暇などが付与されます。年次有給休暇は90日まで、病気休暇は45日まで繰り越し可能です。

社会保障に関しては、使用者は労働者の基本報酬の10%を積立基金として控除し、さらに同額を上乗せして社会保障基金に預け入れる義務があります。退職金として基本報酬の8.33%を毎月控除し、社会保障基金に預け入れます。医療保険(年間最低10万ネパールルピー)と傷害保険(最低70万ネパールルピー)の加入が義務付けられており、保険料は使用者と労働者で分担、または使用者負担となります。社会保障法2017に基づき、雇用主は従業員の基本給の20%、従業員は11%を社会保障基金に拠出します。これにより、傷病休暇(年13週間、基本給の60%)、産前産後休暇(98日、基本給の60%)、雇用終了時の補償などが提供されます。

雇用は、本法、規則、または内規に従ってのみ終了させることができ、適切な理由が必要です。常用雇用は、原則として60歳での定年退職が義務付けられています。不適格、健康上の理由、不正行為、整理解雇などの事由があります

日本法との比較において、ネパールの常用雇用は日本の「正社員」に最も近い概念であり、最も手厚い法的保護が与えられます。しかし、日本のような「終身雇用」の慣行や、労働契約法における解雇権濫用法理に代表される厳格な解雇規制が判例上確立しているわけではありません。ネパールでは、解雇事由が法律に明記されており、手続きを遵守すれば解雇が比較的明確に認められる傾向にあります。

業務ベース雇用(Work-based Employment)

業務ベース雇用は、使用者が特定の業務やサービスの遂行を指定して労働者を雇用する形態です。この形態は、使用者に対して柔軟な人員配置を可能にする一方で、労働者には常用雇用のような長期的な安定性や福利厚生が提供されない場合があります。特定のプロジェクトや短期的な専門スキルが必要な場合に利用されることが想定されます。

契約期間は特定の業務の完了をもって雇用が終了します。ただし、プロジェクトベースの雇用で業務が追加されたり、期間が延長されたりした場合は、業務完了まで雇用は継続されます。本法は、業務ベース雇用に特有の労働時間、休暇、社会保障に関する詳細な規定を設けていませんが、雇用契約に明記された報酬や福利厚生は、本法および規則で定められた最低基準を下回ってはなりません。社会保障基金(SSF)への拠出義務は、フルタイム、パートタイム、契約労働者を含む「正式なセクターの全従業員」に適用されるとされており、業務ベース雇用もこれに含まれる可能性があります。

日本法との比較において、日本法では業務の完成を目的とする契約は「請負契約」として労働契約とは区別され、労働基準法等の労働法規の適用を受けません。しかし、ネパールの「業務ベース雇用」は、特定の業務の遂行を目的とする点で請負契約と類似するものの、労働法上の「雇用形態」として位置づけられており、労働法が適用される労働契約である点が大きく異なります。このため、日本企業は、ネパールで特定の業務を外部に委託する際、その実態が「業務ベース雇用」と判断されないよう、契約内容、指揮命令関係、報酬体系などを慎重に設計する必要があるでしょう。特に、労働法上の最低基準や社会保障の適用可能性を考慮すべきです。

プロジェクトの延長に伴う雇用継続の規定は、プロジェクト型ビジネスを展開する企業にとって有用な柔軟性を提供します。日本の有期雇用契約における「雇い止め法理」や「無期転換ルール」のような複雑な更新問題とは異なるアプローチであり、ネパールではプロジェクトの性質に応じて柔軟に契約期間を調整できるため、日本企業は長期的なプロジェクトにおいて、人材の継続性を確保しやすいと言えます。ただし、契約書にその旨を明確に記載することが重要です。

期間ベース雇用(Time-based Employment)

期間ベース雇用は、使用者が特定の期間を指定して労働者を雇用する形態です。この形態は、季節的な業務や短期的なニーズに適しており、使用者と労働者の双方に柔軟性を提供します。

契約期間は雇用契約に定められた期間の満了をもって雇用が終了します。業務ベース雇用と同様に、プロジェクトベースの雇用で期間が延長された場合は、業務完了まで雇用は継続されます。期間ベース雇用者も、勤務期間に比例した休暇やボーナスなどの福利厚生を受ける権利があります。社会保障基金(SSF)への拠出義務は、フルタイム、パートタイム、契約労働者を含む「正式なセクターの全従業員」に適用されるとされており、期間ベース雇用もこれに含まれます。

日本法との比較において、ネパール法における期間ベース雇用は日本の有期雇用契約に類似しますが、日本の労働契約法に規定される「無期転換ルール」や「雇い止め法理」のような労働者保護の仕組みが、少なくとも明示的には存在しません。契約期間の満了による雇用終了が原則であり、日本に比べて期間満了による契約終了がより明確に認められる傾向にあると考えられます。

臨時雇用(Casual Employment)

臨時雇用は、1ヶ月のうち7日以下の期間、特定の業務やサービスのために雇用される形態です。一時的または偶発的な労働ニーズに対応するために利用され、労働力ギャップを埋める柔軟性を提供します。

契約期間は1ヶ月のうち7日以下の期間に限定され、書面による雇用契約は不要とされています。労働法に定められた一般的な労働時間制限(1日8時間、週48時間)が適用されると考えられますが、臨時雇用の特性上、短期間の勤務が前提となります。休暇については、勤務期間に応じて比例的に付与される可能性がありますが、長期的な福利厚生は通常提供されません。報酬は業務完了後直ちに支払われます。臨時雇用者も社会保障基金(SSF)の対象となる「正式なセクターの全従業員」に含まれるとされています。ただし、短期間の雇用であるため、具体的な福利厚生の適用については、拠出期間や金額に基づく個別の確認が必要です。

日本法との比較において、日本では日雇い労働者についても労働基準法や労働契約法が適用され、解雇予告や社会保険の適用など、一定の保護が与えられます。ネパールの臨時雇用は、1ヶ月のうち7日以下という明確な期間制限があり、書面契約が不要である点、そして使用者または労働者の意思でいつでも終了できる点において、日本の日雇い労働者よりも雇用終了の柔軟性が高いと言えます。

パートタイム雇用(Part-time Employment)

パートタイム雇用は、週35時間以下の労働に従事する形態です。この形態は、柔軟な勤務スケジュールを求める労働者や、フルタイム雇用に伴うコストを抑えつつ熟練労働者を雇用したい企業に適しています。パートタイム労働者は、他の場所で働くことを制限されません。

労働時間は週35時間以下と明確に定められており、報酬は原則として労働時間に基づいて決定されます。パートタイム労働者に対する特定の休暇規定は明示されていませんが、一般労働者と同様の休暇規定が比例的に適用されると考えられます。不当解雇からの保護や安全な労働条件の権利は保障されています。

ネパール労働法における共通の重要事項

ネパール労働法における共通の重要事項

労働時間、残業、休憩の規定

ネパール労働法では、労働時間は1日8時間、週48時間を上限と定めています。5時間連続勤務後には30分の休憩を与える義務があり、この休憩時間は労働時間に算入されます。休憩時間が労働時間に算入される点は日本法と共通しますが、実務上の運用において、休憩の取得状況を正確に記録することが重要となります。日本企業は、ネパールでも労働時間管理システムを導入し、休憩時間の取得状況を正確に把握・記録する必要があるでしょう。

残業は、1日4時間、週24時間を上限として認められています。残業代は、通常賃金の1.5倍の割増率で支払われます。管理職レベルの労働者については、団体交渉協約または雇用契約に定められた福利厚生が残業代の代わりに提供される場合があります。

主要な休暇制度

ネパール労働法は、労働者に多様な休暇制度を保障しています。

休暇の種類日数有給/無給取得条件繰り越し可否と上限日本法との主な違い
週休月1日有給毎月規定なしほぼ同じ
祝日休暇年13日(女性は14日)有給毎年規定なしほぼ同じ
代替休暇勤務した週休/祝日の日数分有給週休/祝日勤務時、21日以内に取得規定なし日本の振替休日・代休に類似
年次有給休暇(Home Leave)20日勤務ごとに1日有給勤務日数に応じる90日まで付与基準が異なる(日本は勤続期間)
病気休暇年12日有給勤続1年未満は比例付与45日まで日本には法定の有給病気休暇制度なし
産前産後休暇(女性)計14週間(うち60日有給)60日有給、残りは無給出産前後規定なし期間はほぼ同じだが、有給期間が異なる(日本は産前6週産後8週が原則有給)
育児休暇(男性)15日有給妻の出産時規定なし日本の育児休業とは異なり、短期間の有給休暇
忌引休暇13日有給規定の親族の死亡時規定なし日本には法定の忌引休暇制度なし(会社ごとの慶弔休暇)

ネパールの休暇制度は、日本の労働基準法に定めるものと類似点が多いものの、年次有給休暇の付与基準(20日勤務ごとに1日)や、病気休暇・忌引休暇が有給である点は日本と異なります。特に病気休暇の有給付与は、日本にはない手厚い保護であり、労働者の健康維持への配慮がより強調されているものといえます。医療機関からの診断書提出義務(3日以上の場合)があるため、その運用も考慮すべきです。

社会保障制度の概要と貢献義務

ネパールでは、労働法と社会保障法2074(2017年)に基づき、強制的な社会保障制度が導入されています。この制度は、公的部門および民間部門のフルタイム、パートタイム、契約労働者を含む「正式なセクターの全従業員」に適用されます。外国人労働者も、特定の合意や政策によっては対象となります。

拠出金として、使用者は従業員の基本給の20%、従業員は基本給の11%を社会保障基金(SSF)に毎月拠出することが義務付けられています。これらの拠出金は、月の終わりから15日以内に預け入れなければなりません

主な給付には、傷病休暇(年13週間まで、基本給の60%)、産前産後休暇(98日、基本給の60%)、使用者閉鎖や雇用終了による無給休暇の場合の補償などが含まれます。労働法では、積立基金(Provident Fund)と退職金(Gratuity)についても規定されており、使用者は労働者の基本報酬の10%を積立基金として控除し同額を上乗せ、また基本報酬の8.33%を退職金として社会保障基金に預け入れる義務があります。医療保険(年間最低10万ネパールルピー)と傷害保険(最低70万ネパールルピー)の付保も義務付けられています

ネパールの社会保障制度は、積立基金、退職金、医療保険、傷害保険が社会保障基金(SSF)を通じて統合的に運用されている点が日本の制度と大きく異なります。これは、企業にとって社会保障関連の事務手続きを簡素化する一方で、拠出義務の遵守が厳しく求められることを意味します。拠出義務の不履行に対する罰則が厳しいため、コンプライアンス体制の構築が必須となります。

また、パートタイム労働者や契約労働者も社会保障基金の対象となる点は、日本のパートタイム労働者に対する社会保険適用要件(労働時間、賃金、企業規模など)よりも広範な適用となります。このため、日本企業はネパールで多様な雇用形態を活用する際、すべての従業員が社会保障の対象となる可能性を考慮し、人件費予算を適切に計上する必要があるでしょう。これは、日本の感覚とは異なるコスト構造となるため、特に注意が必要です。

雇用終了の事由と手続き、退職手当

雇用は、労働法、規則、または内規に定められた事由と手続きに従ってのみ終了させることができ、適切な理由が必要です。

主な終了事由は以下の通りです。

  • 契約期間の満了: 期間ベース雇用や業務ベース雇用の場合、期間満了または業務完了をもって終了します。
  • 自己都合退職: 労働者は書面による退職届を提出することで退職できます。使用者は15日以内に受理する必要があり、応答がない場合は自動的に受理されたとみなされます。
  • 不適格: 3年以上連続して業務成績が不十分な場合、雇用を終了できます。従業員が10人以上の企業では、7日以上の弁明期間を与える必要があります。
  • 健康上の理由: 身体的または精神的な能力喪失、重傷、長期治療により職務遂行が不可能になった場合、医師の勧告に基づき雇用を終了できます。ただし、業務上の事故や疾病による治療期間中は原則解雇できません。
  • 不正行為(Misconduct): 物理的暴行、贈収賄、窃盗、30日以上の無断欠勤、機密漏洩、競合行為、虚偽の証明書提出、就業中の薬物・飲酒、道徳的退廃を伴う犯罪での有罪判決など、労働法に定められた重大な不正行為があった場合、解雇が可能です。
  • 定年退職: 常用雇用者は60歳で定年退職となります。
  • 整理解雇(Retrenchment): 財政難、合併・再編、事業の一部または全部閉鎖などの理由で整理解雇が可能です。労働雇用事務所および労働組合(または労使関係委員会)に30日前の事前通知が必要で、協議が義務付けられています。整理解雇の順序は、外国人労働者、懲戒処分歴のある労働者、業績不振の労働者、最後に雇用された労働者の順が一般的です。

重大な不正行為による解雇を除き、雇用終了には通知期間が必要です。勤続4週間までなら1日以上、4週間超1年までなら7日以上、1年超なら30日以上の通知が必要です。使用者が通知を怠った場合、通知期間分の報酬を支払う義務があります。労働者が適切な通知なしに退職した場合、使用者は通知期間分の報酬を控除できます

雇用終了後15日以内に、すべての未払い報酬と福利厚生を支払う義務があります。社会保障基金や保険会社からの給付金請求についても、使用者は労働者を支援する必要があります。勤続1年以上の労働者は、勤続年数1年につき1ヶ月分の基本報酬に相当する退職手当を受け取る権利があります。ただし、社会保障法に基づく失業手当を受給できる場合は、退職手当の権利はありません

ネパール労働法は、解雇事由を具体的に列挙しており、日本のような「解雇は最終手段」という厳格な判例法理とは異なるアプローチをとっています。これにより、企業は特定の事由に該当し、適切な手続きを踏めば、比較的明確に雇用を終了できる可能性があります。日本企業は、ネパールにおいて、労働者のパフォーマンス管理、懲戒手続き、および就業規則(内規)の整備をより一層重視すべきです。

整理解雇の順序として「外国人労働者」が最優先される点は、日本企業が外国人駐在員や現地採用の外国人スタッフを配置する上で重要なリスク要因となります。日本企業は、外国人労働者の雇用契約において、整理解雇のリスクやその際の対応(本国への帰任手当など)を事前に検討し、契約に盛り込むべきだと思われます。

日本企業がネパールで事業展開する上での留意点

日本企業がネパールで事業展開する上での留意点

外国人雇用に関する規制と許可取得プロセス

ネパールでは、外国人労働者を雇用する際には、原則として労働省労働局からの労働許可(Work Permit)の取得が義務付けられています。労働許可は、熟練したネパール人労働者が利用できない場合に限り付与されます。使用者は、まず国内の日刊紙に求人広告を掲載し、適切なネパール人候補者がいないことを証明する必要があります。

労働許可の有効期間は、高度な技術を持つ外国人労働者で最長5年、その他の外国人労働者で最長3年です。特定の状況下では、さらに2年間の延長が認められる場合があります。外国人を雇用する使用者は、ネパール人労働者を訓練し、段階的に外国人労働者を置き換える計画(Workforce Replacement Plan)を提出する義務があります。この「ネパール人労働者の代替義務」は、単なる労働許可取得手続き以上の意味を持ちます。これは、ネパール政府が自国民の雇用機会創出と技術移転を重視していることの表れであり、日本企業は短期的な人材確保だけでなく、長期的な現地人材育成戦略を策定する必要があります。現地法人設立初期から、ネパール人従業員へのOJTや研修プログラムを計画的に導入し、外国人駐在員の役割を徐々に現地人材に移行させる戦略を立てるべきです。これにより、現地社会との調和を図り、持続可能な事業運営を確立できるでしょう。

雇用契約は、外国人労働者が理解できる言語、または英語で作成されなければなりません。報酬、福利厚生、労働条件は、本法またはその規則で定められた最低基準を下回ってはなりません。外国人労働者は、稼得した給与を本国に送金する権利を有します。労働許可なしに外国人を雇用した場合、最大20万ネパールルピーの罰金が科せられ、違反が継続する場合は月額5,000ネパールルピーの追加罰金が科せられます。

労働組合と団体交渉の枠組み

ネパール労働法は、労働者が労働組合を結成し、加入する権利、および団体交渉に参加する権利を保障しています。10人以上の労働者を雇用する企業では、労働者の代表として団体交渉委員会(Collective Bargaining Committee, CBC)を組織する必要があります。CBCは、労働者の利益に関する集団的な要求を提出でき、要求が提出された場合、使用者は7日以内に交渉を開始する必要があります。

団体交渉は「誠実な交渉(Good-Faith Bargaining)」の原則に基づいて行われる必要があります。この原則は、単なる交渉参加義務以上の意味を持ちます。交渉を遅延させたり、不合理な拒否を繰り返したりする行為が「不公正労働慣行」とみなされる可能性があります。労働組合との交渉において、形式的な参加に留まらず、実質的な対話と妥協点を見出す努力が求められます。交渉記録の保持や、専門家の助言を得ながら進めることが、将来的な紛争リスクを低減する上で重要となります。

団体交渉協約は、賃金、労働時間、福利厚生、社会保障、労働安全衛生、雇用保障など、幅広い事項を対象とすることができます。合意された団体交渉協約は、関係当事者を拘束し、2年間有効です。2年後も新たな協約が締結されない限り、その規定は引き続き適用されます。一度締結された協約の効力が半永久的になりうるため、団体交渉に臨む際、将来的な事業運営への影響を十分に考慮し、慎重に交渉を進める必要があります。

労働紛争解決メカニズム

ネパール労働法は、労働紛争の解決のために、内部苦情処理、労働局による調停、仲裁、労働裁判所といった段階的なメカニズムを定めています。企業は、一定数の従業員を雇用している場合、内部苦情処理メカニズムを確立する義務があり、従業員はまず直属の上司または指定された苦情処理委員会に問題を提起することが奨励されます。

内部で解決できない場合、従業員またはその代表者は地方の労働局に直接苦情を申し立てることができます。労働局は調停を試みるか、調査を開始する場合があります。調停が不成功に終わった場合、労働法第119条に基づき仲裁が利用されます。これは、特に必須サービス業や特別経済区の企業で適用され、労働省が経済危機を防止するために直接仲裁を命じることもあります。仲裁判断は拘束力を持ちます

労働裁判所は、労働問題に関する主要な司法機関であり、不当解雇、賃金、福利厚生、労働条件、その他の労働法違反に関する個別の紛争および集団的紛争を審理します。労働裁判所の判決は法的拘束力を持ち、上級裁判所に控訴することができます。ネパールの紛争解決メカニズムは、内部解決から行政による調停・仲裁、最終的には司法判断に至る多段階の構造を持っています。これは、日本における労働審判や労働委員会によるあっせん・調停・仲裁制度と類似してした制度です。

まとめ

ネパールへの事業展開を成功させるためには、その独特な労働法制を深く理解し、適切に対応することが不可欠です。ネパール労働法2074(2017年)は、労働者の権利保護を強化しつつ、多様な雇用形態を明確に定義しており、日本企業が現地で事業を円滑に進めるための基盤となります。ネパール労働法の理解は、単なるコンプライアンスの問題に留まらず、日本企業が現地で競争力を維持し、持続可能な事業を構築するための戦略的要素であると認識すべきです。

特に、常用雇用、業務ベース雇用、期間ベース雇用、臨時雇用、パートタイム雇用といった各雇用形態の特性を把握し、日本の労働法との相違点(例えば、解雇規制の厳格さ、社会保障制度の統合性、有期雇用契約の無期転換ルールなど)を認識することは、適切な人事戦略を策定し、予期せぬ法的リスクを回避する上で極めて重要です。日本企業は、ネパール労働法を「事業を円滑に進めるためのツール」として捉え、進出前から専門家と連携して、法的リスクを最小化しつつ、現地の労働市場の特性を最大限に活用する戦略を立てるべきでだと言えるでしょう。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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