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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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NASDAQにおける中国企業向け最低IPO調達額2500万ドルを定める規則「Rule 5210(l)」の解説

NASDAQ(ナスダック)において、中国(香港およびマカオを含む)に事業基盤を持つ新興企業を対象とした極めて厳格な新たな上場規則「Rule 5210(l)」が導入されました。この規則は、2026年5月14日に米国証券取引委員会(SEC)によって加速承認され、同年6月中旬より正式に施行されています。本規則の核心は、対象となる企業がNASDAQに新規上場する際、引受証券会社が売れ残り株式を買い取る「ファームコミットメント方式」の公募を行い、かつ最低でも2500万米ドルの総調達額(グロスプロシード)を確保しなければ上場を認めないという点にあります。さらに、SPAC(特別買収目的会社)との合併による上場(de-SPAC)や直接上場、他市場からの移管に対しても同様の調達額や流通株式価値の制限が課されています。

この規制強化の背景には、2022年8月から2025年4月までの間にNASDAQが規制当局に照会した相場操縦案件の約70%が、全体の10%未満にすぎない中国企業に関連していたという衝撃的な実態があります。また、中国国内の証券法に基づく情報開示制限などにより、米国規制当局による国境を越えた調査や法執行が困難を極めていることも大きな要因です。直接的なターゲットは中国企業ですが、「中国国内で主として運営されている」かを判定する基準は極めて広範であり、資産や収益、役員、従業員の50%以上が中国国内にあることなどを総合的に審査する仕組みとなっています。そのため、中国に事業基盤を持つ日本企業や日中合弁構造の企業、さらにはアジア系の新興国企業に対しても深刻な波及効果を及ぼすことになるでしょう。

本記事では、本規則の具体的な内容や判定基準を詳述するとともに、日本の東京証券取引所における上場基準との違いを解説し、米国市場進出を目指す日本企業が備えるべき実務上の対策を論じます。本規則の施行から、米国における小型外国IPO全般への監視の目が劇的に強化されたという状況が読み取れます。

NASDAQ Rule 5210(l)の創設背景とSEC承認までの軌跡

NASDAQは、米国市場に進出する中国系企業の不正取引や流動性の低さを解消するため、2025年9月4日に新たな上場基準を定めた規則改正案(SR-NASDAQ-2025-069)をSECに提出しました。この提案は、市場関係者からのパブリックコメントや複数回の延期要請を経る中で、3度にわたる重要な修正が加えられました。具体的には、2025年12月にSECが審査手続の開始を決定した後、2026年4月14日に「Amendment No. 2」が、そして同年5月1日に、直接上場(Direct Listing)の禁止対象をNASDAQ Global Market(NGM)にも拡大した「Amendment No. 3」が提出されました。

SECは、これらの修正を踏まえた上で、2026年5月14日に「Release No. 34-105494」として本規則案を「加速承認(Accelerated Approval)」しました。これにより、承認から30日後の2026年6月13日に本規則は施行されることとなりました。この異例のスピード承認手続きから、米国規制当局が市場の健全性回復に向けて極めて強い危機感を有していたということが言えるでしょう。

SECが発布した承認命令の公式文書は、以下の米国証券取引委員会(SEC)の公式ウェブサイトから確認することができます。

参考:米国証券取引委員会|Self-Regulatory Organizations; The Nasdaq Stock Market LLC; Notice of Filing of Amendment No. 3 and Order Granting Accelerated Approval of a Proposed Rule Change, as Modified by Amendment No. 3, to Adopt Additional Initial Listing Criteria for Companies Primarily Operating in China

新規則の具体的な規制要件と各上場ルートへの影響

新規則の具体的な規制要件と各上場ルートへの影響

NASDAQ Rule 5210(l)は、中国に主要な運営地を持つ企業に対し、上場プロセスごとに異なる厳格な流動性と資金調達のハードルを課しています。まず、伝統的な新規株式公開(IPO)を行う場合、主幹事証券会社等の引受人が売れ残りリスクをすべて引き受けるファームコミットメント契約(Firm Commitment Offering)を結ぶことが前提となります。その上で、公募による総調達額(Gross Proceeds)が最低でも2500万米ドル以上に達しなければ、NASDAQへの上場は認められません。

次に、いわゆる裏口上場や規制回避ルートとして利用されやすいSPAC(特別買収目的会社)との事業統合(de-SPAC)については、取引完了後の新会社において「制限のない公衆保有株式の市場価値(MVUPHS:Market Value of Unrestricted Publicly Held Shares)」が最低2500万米ドル以上でなければならないと定められました。

また、引受人を介さない直接上場(Direct Listing)についても厳しい制約が設けられています。中国系企業は、上場基準が比較的緩やかなNASDAQ Capital Market(NCM)およびNASDAQ Global Market(NGM)での直接上場が全面的に禁止されました。直接上場を選択できるのは、最上位の市場セグメントであり、極めて高い流通株式基準(公衆保有株式の市場価値2億5000万米ドル以上、制限のない公衆保有株式の市場価値1億米ドル以上など)を課すNASDAQ Global Select Market(NGS)のみとなります。

最後に、店頭市場(OTC)や他の証券取引所からNASDAQへ上場を移管する場合、移管前の市場で少なくとも1年以上の継続的な取引実績があることに加え、上場時に最低2500万米ドルのMVUPHSを有していることが義務付けられています。これら各ルートにおける要件を整理すると、以下の通りとなります。

上場スキーム適用される具体的な規制要件
新規株式公開(IPO)ファームコミットメント方式の公募により、最低2500万米ドルの総調達額を確保すること
SPACとの統合(de-SPAC)取引完了後、制限のない公募保有株式の市場価値(MVUPHS)が最低2500万米ドル以上であること
直接上場(Direct Listing)NGMおよびNCMでの上場は禁止され、極めて基準の厳しいNGSでのみ直接上場を認めること
他市場からの移管上場移管元での最低1年間の取引実績、および最低2500万米ドルのMVUPHSを満たすこと

規制を正当化する市場操作データと越境執行を巡る課題

この差別的とも言える厳しいルールの導入を後押ししたのは、NASDAQが蓄積した膨大な不正取引データです。NASDAQが2022年8月から2025年4月までの期間に、相場操縦の疑いでSECやFINRAへ送致・照会した事案のうち、実に約70%が中国系企業に関連するものでした。同期間中、NASDAQに上場している中国企業の比率は全上場企業の10%未満であったことを考慮すると、その不正検出割合の高さは異常であるということが言えるでしょう。また、過去の上場動向の分析によれば、同期間中にIPOを行った中国企業151社のうち、なんと143社(約95%)が今回の最低2500万米ドルの資金調達テストを満たしておらず、そのうち約半数が上場後にNASDAQの継続上場基準への不適合を指摘される事態に至っていました。

このような少額IPO企業を狙った組織的な相場操縦スキームの代表格が「パンプ・アンド・ダンプ」です。米国連邦検察がイリノイ州北部地区連邦地方裁判所にて2025年3月に起訴した案件(United States v. Lim Xiang Jie Cedric, et al., Case No. 1:25-cr-00161 (N.D. Ill.))を例に挙げます。この事件では、NASDAQに上場していた中国系教育会社であるChinese Liberal Education Holdings Ltd.(CLEU)の株式を巡り、中国本土を拠点とするグループがSNS上で米国の投資アドバイザーになりすまして一般の投資家へ虚偽の買い推奨を繰り返し、株価を不当につり上げた後に一斉に売り抜けて多額の利益を得ていました。同社はその後上場廃止に追い込まれ、司法省は並行して民事没収手続を行い、2025年5月に関連資産約2億1400万米ドルの没収判決を取得しました。

この没収資金から被害者を救済するための公式基金「CLEU Remission Fund」に関する詳細は、以下の専用ウェブサイトで公開されています。

参考:CLEU被害者救済基金

また、マサチューセッツ州ボストン連邦地方裁判所に2019年10月15日に提起された、SECによる18名の中国人トレーダーに対する緊急資産凍結訴訟(SEC v. Shuang Chen, et al.)でも、約3000銘柄の米国薄商い株を狙った3100万米ドル規模の相場操縦が暴かれています。

さらに、このような詐欺的取引に対する法執行を阻んでいるのが、中国本土における法律の壁です。中国が2020年3月に施行した改正証券法第177条は、中国国内の証券関連書類や情報を、中国政府の明示的な許可なく外国の規制当局に開示することを厳格に禁止しています。この「情報のブラックボックス」により、SECが主導するインサイダー取引や不法取引の捜査が途中で頓挫するケースが多発していることから、NASDAQは上場時の資金調達額という「入口段階の参入障壁」を物理的に高めざるを得なかったということが言えるでしょう。

「中国を主たる運営地とする企業」の多角的判定基準

「中国を主たる運営地とする企業」の多角的判定基準

NASDAQ Rule 5210(l)の適用範囲は、単に中国や香港、マカオに籍を置く法人に限定されません。NASDAQは、持株会社(シェルカンパニー)を税制優遇国に置いて実質的な事業を中国で行うといった迂回策を防ぐため、「実質主義(Substance over Form)」の観点から、事業が「中国国内で主として管理・運営されている(principally administered in China)」か否かを以下の7つの基準に基づいて総合的に判断します。

判定基準項目「中国で主として管理・運営されている」とみなされる具体的要因
帳簿と法的記録企業の公式な会計帳簿や業務管理に関する各種記録が、中国・香港・マカオに保管されていること
資産の保有状況企業の保有する設備、不動産、知的財産等の総資産の50%以上が、中国・香港・マカオに存在していること
発生収益の源泉企業が獲得する総売上高や収益全体の50%以上が、中国・香港・マカオ国内の市場または事業活動から生じていること
取締役の国籍・居住取締役(Directors)の50%以上が、中国・香港・マカオの市民、または現地に居住していること
執行役員の国籍・居住役員や幹部従業員(Officers)の50%以上が、中国・香港・マカオの市民、または現地に居住していること
従業員の勤務地企業が雇用する従業員の総数の50%以上が、中国・香港・マカオ国内の拠点をベースに活動していること
支配株主の実態企業が、中国・香港・マカオの市民、居住者、あるいは現地法人によって支配(または共通の支配下に置かれて)していること

これらの要素は非限定列挙(例示)であり、NASDAQは特定の要素のみを機械的に判定するのではなく、全体の事実関係を「有機的(holistic)」に精査します。したがって、ケイマン諸島に登録があり、シンガポールに名目上の本社を置く企業であっても、実際の資産や幹部メンバーの半数以上が中国国内に留まっている場合には、新規則の対象企業(China-based company)として捕捉されることになります。

米国市場を目指す日本企業や合弁会社への影響と実務対策

本規則は、一見すると中国国内の政治・経済事情をターゲットにしたピンポイントな規制強化に見えますが、米国上場を計画している日本企業、特にアジア地域で事業を展開しているグローバルスタートアップにとっても決して対岸の火事ではありません。

とりわけ、中国企業との合弁事業(Sino-Japanese JV)を展開している企業や、中国本土・香港に主要な子会社を置きサプライチェーンのハブとしている日本企業は、前述した「中国国内で主として運営されている」の7大要素(資産、収益、役員等の50%以上テスト)に部分的に合致してしまうリスクがあります。万一NASDAQから「中国系企業」としての認定を受けた場合、調達計画を急遽2500万米ドル(約39億円※1ドル=156円換算)以上の規模へ拡大しなければ上場承認が下りないという事態を招きかねません。

さらに、今回の規則は、中国のみならず「小型外国IPO全般」に対する米国規制当局の姿勢が顕著に厳格化していることの象徴でもあります。SECが2025年9月に設置した「クロスボーダー不正対策タスクフォース」は、アジア地域全般を拠点とする外国プライベート発行体(FPI)への調査を急速に強化しています。

米国デラウェア州衡平法裁判所が2013年5月21日に判決を下した「In re China Agritech, Inc. Shareholders Derivative Litigation」という著名な判例が示す通り、米国市場においては、海外に実質的な資産を持つ企業の社外取締役(ダミー役員など)が、現地事業の内部統制システムを構築・監視する義務(Caremark義務)を怠った場合、その監視怠慢(ブリーチ・オブ・デューティ)に対して取締役個人が直接法的責任を追及される厳しいリスクに晒されます。

したがって、米国NASDAQ市場へのアクセスを目指す日本企業の経営陣および法務部門は、単に形式的な登録地を日本やシンガポールに留めるだけでなく、実質的な管理拠点(取締役会の開催地、主要アセットの保有形態、重要書類の保管場所、Cレベル役員の国籍・居住地など)の過半数が中国国内に偏らないよう、上場数年前から厳格な法務・ガバナンス体制の切り分けとドキュメンテーションを進めることが極めて重要となります。

まとめ:変化する米国上場制度への対応は弁護士に相談を

今回のアメリカ合衆国におけるNASDAQ新規則「Rule 5210(l)」の施行およびSECによる一連の執行強化から、米国資本市場が海外の新興企業の流動性とガバナンスの不透明さに対してこれまでにないレベルの障壁を設けているという状況が読み取れます。最低2500万米ドルのIPO調達額規制や、実質的な運営地を執拗に追及する7つの判定テストは、クロスボーダーで資金調達を画策するあらゆるビジネスプレーヤーにとって極めて重大なハードルです。このような地政学的リスクと規制の変化に対して、日本国内の法制度との異同や米国の法秩序を適切に理解し、上場前から最適な企業構造を再設計することは、企業の成否を分ける決定的な要素となります。当事務所では、こうした米国をはじめとする海外市場でのビジネス展開や上場準備において直面する、複雑なクロスボーダーの法的リスク評価、企業統治(コーポレート・ガバナンス)体制の構築、ならびに各国法規制への遵守(コンプライアンス)対応について、多角的な観点から総合的にサポートいたします。

当事務所による対策のご案内

モノリス法律事務所は、IT、特にインターネットと法律の両面に高い専門性を有する法律事務所です。ベンチャー法務に経験と実績を有し、国際ネットワークと連携する法律事務所として、モノリス法律事務所は日本企業によるNASDAQ上場を全面的にサポートいたします。NASDAQ上場支援については、下記記事をご参照ください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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