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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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同業他社転職禁止条項の有効性に関する裁判例・事例とは

労働契約においては、労働者の労働義務と使用者の賃金支払義務という基本的な義務のほかに、付随的な義務も発生しますが、この付随義務の一つとして、両者は互いに、「相手方の正当な利益を不当に侵害しないよう配慮する義務」(労働者にとっては誠実義務、使用者にとっては配慮義務)を信義則上負うものと解されます(労働契約法第3条第4項)。 使用者が負うべき誠実義務には安全配慮義務、健康配慮義務があり、労働者が負うべき誠実義務には、使用者の信用・名誉を毀損しない義務、二重就業禁止義務、秘密保持義務、同業他社転職禁止義務(競業避止義務)があります。

なお、秘密保持義務については当サイトの別記事で詳しく解説しています。

同業他社転職禁止条項の有効性の判断

従業員の競業行為により会社の重要なノウハウ等が外部に流出してしまう可能性があるので、雇用契約書等において同業他社への転職禁止条項を明確に規定しておくことが必要ですが、そうしておいたとしても、労働者の職業選択の自由(憲法22条1項)との関係から、常にその有効性が認められるものではありません。同業他社への転職禁止条項は、その制限があまりに強度であると、公序良俗に反する(民法第90条)として、無効と判断される可能性があります。

そこで、どのような内容であれば、有効と判断されるかを意識して、雇用契約において同業他社への転職禁止条項を規定する必要があります。

経済産業省は、「競業避止義務契約の有効性について」(経済産業省参考資料5)において、判例上、同業他社転職禁止条項の有効性を判断する際のポイントを、

  1. 守るべき企業の利益があるかどうか→1.を踏まえつつ、競業避止義務契約の内容が目的に照らして合理的な範囲に留まっているかという観点から、
  2. 従業員の地位
  3. 地域的な限定があるか
  4. 競業避止義務の存続期間について必要な制限が掛けられているか
  5. 禁止される競業行為の範囲について必要な制限が掛けられているか
  6. 代償措置が講じられているか

と、整理しています。この点に関しては、下記記事にて詳細に解説しています。

競業避止義務契約の有効性が争われた裁判例においては、このような多面的な観点から契約締結の合理性や契約内容の妥当性等が判断されていますが、判例における判断のポイントについて理解しておくことは、同業他社転職禁止条項の導入・見直しを検討する上で重要となります。

同業他社転職禁止条項の有効性が認められなかった場合

同業他社転職禁止条項の有効性が認められなかった事例を挙げて説明していきます。

では、実際にはどのような場合に同業他社転職禁止条項の有効性が認められなかったのかを、この6つのポイントにつき、見てみることとします。

「守るべき企業の利益があるかどうか」が認められなかった事例

仕入先から廃プラスチック等を仕入れ、これを工場で粉砕するなどして海外に輸出するのを業とする会社が、原告従業員であったY1、Y2、Y3と彼らを新規に雇用した会社を秘密保持義務違反、競業避止義務違反等に当たるとして、不法行為ないし雇用契約上の債務不履行に基づく損害賠償を請求した事例があります。

原告会社の就業規則には、「社員は、退職後も会社、顧客及び取引先等の機密事項及び業務上知り得た情報、ノウハウ等を他に洩らしてはならない」とあり、また、「会社の機密(営業ノウハウ、顧客情報等を含む。)に関わった社員は、退職後3年間はその機密を利用して、同業他社に転職し、又は同業種の事業を営んではならない」という規定がありました。

原告会社は3名が客先ごとの取引の種類、仕入量、価格といった営業上の重要な情報を転職先で用いたと主張したのですが、裁判所は、これらは営業秘密として保護されていなかったとして企業秘密の不正利用を否定した上で、

就業規則の競業避止条項や合意による競業避止特約が有効と認められるためには、使用者が確保しようとする利益に照らして、競業禁止の内容が必要最小限度に止まっており、かつ、十分な代償措置が施されることが必要であると解される。そして、そのような条件を満たさない場合には、上記条項ないし特約は、労働者の権利を一方的かつ不当に制約するもので公序良俗に反するとして、民法90条により無効となると解される。
しかるに、本件においては、被告Y2らは、前記(1)で認定したとおり、原告での業務遂行過程において、業務上の秘密を使用する立場にあったわけではないから、そもそも競業を禁ずべき前提条件を欠くものであるし、原告は、被告Y2らに対し、何らの代償措置も講じていないのであるから、上記競業避止条項ないし特約は、民法90条により無効と認めざるを得ない。

東京地方裁判所2012年3月13日判決

と、しました。

あらゆる社員に同業他社への転職禁止を求めることができるわけではありませんし、業務上の秘密や、それに至らない場合でも特殊なノウハウや情報など、「守るべき企業の利益があるかどうか」が同業他社転職禁止条項の有効性が認められるか否かの、最大のポイントとなります。

「従業員の地位」が認められなかった事例

職業安定法に基づく有料職業紹介業等を営み、医療従事者を対象として病院等の職業斡旋をしている原告会社が、就労していた元従業員が同業A社に転職し、原告に登録している医療従事者の情報を持ち出して利用し、これにより原告に登録していた医師を別の医療法人に就職斡旋したとして、競業禁止等に違反したことによる損害賠償を元従業員に請求した事例があります。

裁判所は、医療従事者を対象に病院等の就職斡旋をする事業者は原告やA社以外にも複数あり、これらの事業者は、インターネット上に医療従事者向けの登録フォーマットを設置するなどして転職希望者等を募っており、複数の事業者に重複して登録する医療従事者も多数いることが認められるとして、被告の斡旋行為を認めず、

本件についてみると、被告はいわゆる平社員にすぎないうえ、原告への在籍期間も約1年にすぎない。他方、競業禁止義務を負う範囲は、退職の日から3年にわたって競業関係に立つ事業者への就職等を禁止するというものであり、何らの地域制限も付されていないから、相当程度に広範といわざるを得ない。

大阪地方裁判所2016年7月14日判決

として、「本件誓約書による競業禁止の範囲は合理的な範囲にとどまるものとはいえないから、公序良俗に反し無効であり、競業禁止の合意に基づく請求は理由がない」として、請求を棄却しました。

企業秘密や特殊なノウハウなどに接する機会のない平社員にまで同業他社転職禁止を求めるのは、無理な場合が多いといえるでしょう。在職中の地位に照らし、転職を禁止することに合理性があると認められないときは、公序良俗に反するものとして有効性が否定されることとなります。

「地域的な限定があるか」が認められなかった事例

元従業員である被告が退職直後に競業他社に就職したことは退職金不支給事由に該当すると主張する原告が、支払済みの退職金につき不当利得に基づく返還請求をした事例があります。

原告会社は空気調和制御機器・燃焼安全自動制御機器の計装工事、保守及びビル管理業等を業とする株式会社であり、被告は原告会社を退職後、原告会社の元取締役が顧問として入社し、後に代表取締役に就任した会社に転職しました。

原告会社と被告は、被告の退職時に「機密保持・競業避止に関する誓約書」と題する文書を交わしましたが、その中には、

  1. 退職後1年間は、貴社の営業機密を第三者に開示、漏洩しないこと
  2. 退職後1年間は、貴社の営業機密を自己のため、または貴社と競合する事業者その他第三者のために使用しないこと。
  3. 貴社の営業機密に関するデータ、書類などは退職時にすべて返還し、外部に持ち出さないこと。
  4. この誓約書及び営業機密に関する諸規定に違反して貴社に損害を与えた場合には、責任をもって賠償にあたること。

と、記載されていました。

これに対し、裁判所は、

競業禁止等条項によって原告会社が保護しようとしている「営業機密」が前記のノウハウであったとしても、その重要性は原告会社にとってもそれほど要保護性の高いものではないといわざるを得ない。また、競業禁止等条項では、期間こそ比較的短いものの、対象行為も競業他社への就職を広範に禁じており顧客奪取行為等に限定するものではないし、区域は全く限定されていない。そうであるにもかかわらず、従業員に対する代償措置はなんら講じられていないのである。

東京地方裁判所2009年11月9日判決

とし、原告会社の同業他社転職禁止条項は、合理性を有するとはいえず、職業選択の自由に対する過度の制約を課すもので公序良俗に反し無効であるとして、原告による退職金の返還請求を棄却しました。

禁止の範囲が明確に限定されず、あまりにも広汎に及び、その結果他の業種の会社にしか就職することができなくなると、身に付けた経験を十分に活かすことができないという不利益を被ることになることが考慮されました。

「競業避止義務の存続期間」が認められなかった事例

労働者派遣事業等を行う原告会社(タナカグループ)が、A社に派遣していた社員が退職し、転職したB社より再びA社に派遣されたことに対し、雇用契約上の競業避止義務違反又は不法行為に基づき損害賠償を求めた事例があります。

原告会社には「退職した場合も競業避止義務として退職日から起算して3年以内は当社と競業関係に立つ業種に関与することを禁止する」とする就業規則があり、退職時には「在職中に業務上知り得た客先及び第三者に対して、自らの営業活動をしないこと、又、直接仕事の打診があった場合にはタナカグループに対して報告し、書面による承諾を得て仕事を受注するものとする」とあり、また退職時に求めた誓約書には、「前項の規定は,自らが競業業者を含むその他の会社に雇用された場合には,その会社内での活動に準用する」とあったのですが、裁判所は、被告が原告会社には1年程度しか勤務していなかったことを踏まえ、

本件競業避止規定がそれぞれ定める要件は抽象的な内容であって(就業規則第13条「競業関係に立つ業種」、本件覚書「出向中知り得た事業者」、本件誓約書「在職中知り得た客先及び第三者」、「競業業者を含むその他の会社」)、幅広い企業への転職が禁止されることになる。また、禁止される期間も、3年間の競業避止期間(就業規則第13条)は被告の勤続期間1年と比較して非常に長いと考えられるし、本件誓約書及び本件覚書については期間の限定が全くないことから、いずれも過度の制約を被告に強いているものと評価せざるを得ない。

東京地方裁判所2015年10月30日判決

として、本件競業避止規定によって被告の転職を禁止することに合理性があるとは到底認められず、公序良俗に反するものとして有効性を否定しました。

上の「『従業員の地位』が認められなかった事例」と同じく、勤務期間1年に比して3年間の競業避止期間は長すぎるし、期間の限定がない誓約書や覚書は公序良俗に反するという判断です。
なお、「競業避止義務の存続期間」は、経済産業省「競業避止義務契約の有効性について」によれば、半年~2年が通常であり、5年が認められた例もありますが、3年は特殊な場合に限られています。

「禁止される競業行為の範囲」が認められなかった場合

禁止される競業行為の範囲についての事例を挙げていきます。

被告会社を退職して競合他社に転職したバンクアシュアランス業務担当の原告が、被告会社から、競業避止条項に違反したとして不支給条項に基づいて退職金の支払を拒否されたため、本件不支給条項は公序良俗に反するとして、退職金支払合意に基づく退職金等の支払を求めた事例があります。

裁判所は、競業避止条項による転職禁止の対象範囲が、原告と被告側担当者の認識においても不明確であり、原被告間の認識に差があるとした上で、

競業が禁止される業務の範囲については、不明確な部分もあるものの、バンクアシュアランス業務を行う生命保険会社への転職が禁止されていることは明確であった。
しかし、原告の被告において得たノウハウは、バンクアシュアランス業務の営業に関するものが主であり(原告本人)、本件競業避止条項がバンクアシュアランス業務の営業にとどまらず、同業務を行う生命保険会社への転職自体を禁止することは、それまで生命保険会社において勤務してきた原告への転職制限として、広範にすぎるものということができる。

東京地方裁判所2012年1月13日判決

とし、禁止される業務の範囲が広すぎ、その他の事情を考慮しても本件競業避止条項は合理性を欠き、労働者の職業選択の自由を不当に害するもので公序良俗に反し無効であるから、これを前提とする不支給条項も無効であるとして、退職金の支払いを原告に命じました。

長い間生命保険会社に勤務し、その業界におけるノウハウしか知らない社員に、生命保険会社への転職そのものを禁止するのは、無理があります。美容師が退職する際に、美容院への転職自体を禁止するのに無理があるのと同様といえるでしょう。

「代償措置が講じられているか」が認められなかった場合

上の事例がそのまま該当します。

生命保険会社でバンクアシュアランス業務を担当していた原告は本部長及び執行役員の立場にあり、相当高度な地位であったので、賃金は相当高額であったのですが、裁判所(同上)は、

  1. 本件競業避止条項を定めた前後において、賃金額の差はさほどないので、原告の賃金額をもって、本件競業避止条項の代償措置として十分なものが与えられていたということは困難である。
  2. 原告の部下の中に、原告より高額な給与の者が相当数いるが、それらの原告の部下については、特段競業避止義務の定めはないのであるから、やはり、原告に対する代償措置が十分であったということは困難である。

として、やはり、競業避止義務を定める合意が無効である根拠としました。

まとめ

従業員の退職後の同業他社転職禁止条項は、就業規則の規定や誓約書があれば簡単に認められる、というものではありません。同業他社転職禁止条項は退職労働者の職業選択の自由や営業の自由を制約する度合いが強いため、使用者の営業権との調整が必要となります。会社として本当に守るべき利益があり、転職禁止義務の範囲も必要最小限にとどめることが求められます。

適切なルールと適切な運用が必要となりますが、具体的事情との関係で個別具体的に検討する必要があります。弁護士によるアドバイスが必要といえます。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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