投資契約におけるみなし清算条項とは
投資契約において、みなし清算条項と呼ばれる条項が規定されることがあります。みなし清算条項については、そもそも、どのような場合に規定すればよいのか、また、どのような内容にすればよいのかなど検討すべき事項が多くあります。そこで、本記事では、投資契約におけるみなし清算条項について説明をします。
この記事の目次
みなし清算条項とは
みなし清算条項(Deemed Liquidation)とは、発行会社にM&Aが生じた場合に、発行会社を清算したものとみなして、投資家に対して分配を行うことを内容とする定めをいいます。投資契約等において、みなし清算条項が規定されている場合、みなし清算条項の適用を受ける株主は、M&Aによって得られた対価について、他の株主に優先して、優先的な分配を受けることができます。
みなし清算条項について、一般的には、残余財産の分配について優先権が認められている場合に、M&Aによって得られた対価について、残余財産の分配方法と同様の方法で分配する旨が規定されることが多いです。
みなし清算条項の目的
みなし清算条項が規定される主な目的は、創業者や設立当初から関わっている者が株式を取得した価格よりも、高い取得価格で株式を取得したVC等の株主の権利や利益を保護することとなります。ベンチャー企業がIPOを目指していても、IPOまで至らないケースの方が多く、他企業に買収されたり、他企業に吸収されるなど、M&Aが行われるケースが多くあります。M&Aが行われた際に、その対価を持株比率で分配するとなると、高い取得価格で株式を取得したVC等は大きく損をしてしまうことが考えられます。
例えば、1万株の株式を発行している会社で、創業者や設立当初から関わっている者が、1株1万円で9000株(持株比率90%)を取得したとします。そうすると、株式の取得価格は、9000万円です。
一方、VC等が、1株10万円で1000株(持株比率10%)を取得したとします。そうすると、株式の取得価格は、1億円となります。その後、ベンチャー企業が成長し、時価総額5億円のM&Aの話が浮上したとします。この場合、創業者や設立当初から関わっている者からみれば、持株比率に応じた分配を受けることができれば、4億5000万円の分配を受けることができ、4億5000万円から株式の取得価格である9000万円を引いた3億6000万円が利益となります。
一方、VC等からすれば、持株比率に応じた分配を受けるとすると、5000万円の分配を受けることとなりますが、株式の取得価格が1億円ですので、結果として5000万円の損失を被ることとなります。創業者や設立当初から関わっている者としては、3億6000万円の利益を受けることができるため、VC等に損失が生じるとしてもM&Aを実行する可能性があります。みなし清算条項は、上記のような状況により損失を被ることとなるVC等の権利や利益を保護することが主な目的となります。
みなし清算条項の効力について
みなし清算条項については、前述のように、一般的には、残余財産の分配について優先権が認められている場合に、M&Aによって得られた対価について、残余財産の分配方法と同様の方法で分配する旨が規定されることが多いです。このようなみなし清算条項の場合、会社が清算されたものとみなされ、残余財産の分配方法と同様の方法で分配が行われることとなり、残余財産についての優先株式を有する種類株式が、優先的にM&Aによって得られた対価の分配を受けることができるようになります。
もし、みなし清算条項が規定されていないと、残余財産の分配について優先分配権を有する株主は、会社が解散した場合や清算された場合には優先弁済を受けることができますが、買収や合併等のM&Aが行われた場合には、優先分配を受けることができなくなってしまいます。
このように、みなし清算条項の効力は、残余財産の分配について優先分配権を有する株主について、買収や合併等のM&Aが行われた場合でも、優先分配を受けることができるというものになります。
みなし清算条項の対象について
みなし清算条項を規定する場合、みなし清算条項の対象を明確にしておくが重要となります。例えば、M&Aと一概にいっても、株式の譲受(譲渡)による方法、新株の引受による方法、株式交換による方法、事業譲渡による方法、合併による方法、会社分割による方法など様々な方法が考えられます。したがって、みなし清算条項の対象が明確になっていないと、当事者間で争いになる可能性があります。
なお、事業譲渡や会社分割などのM&Aの場合には、M&Aの対価が、株主ではなく、会社に分配されることとなります。そのため、みなし清算条項として規定することができず、株主に分配する旨を定める規定を、別途規定しておくことが必要になります。
みなし清算条項の発動要件
上記では、みなし清算条項の対象を説明しましたが、みなし清算条項の発動要件についても明確にしておく必要があります。例えば、対象とされたM&Aについて、一定の時価総額を超える場合にのみ清算条項の適用が認められる旨の定めをすることが考えられます。発動要件については、時価総額、VC等の株主の株式取得価格、各株主の持株比率などの事情から、十分に検討をする必要があります。
みなし清算条項による対価の分配について
前述のように、みなし清算条項については、一般的に、残余財産の分配について優先権が認められている場合に、M&Aによって得られた対価について、残余財産の分配方法と同様の方法で分配する旨が規定されることが多いため、対価の分配は、残余財産の分配と同様になります。
ただ、みなし清算条項について、必ずしも残余財産の分配方法と同様の方法で分配する旨を規定する必要はないため、残余財産の分配方法と異なる方法で対価を分配する旨を規定することも可能です。この場合には、当該対価について、税務上どのように考えるかという問題もあるため、残余財産の分配方法と異なる方法で対価を分配する場合には、税務上の問題についても念頭に置き、規定をする必要があります。
みなし清算条項は投資契約や株主間契約に規定しなければならないか
みなし清算条項については、投資契約や株主間契約などの「契約」という方法で規定する方法のほか、「定款」で規定することは可能かという点について、議論されています。みなし清算条項付種類株式について、種類株式の内容を規定する会社法第108条の文言上、会社法第108条に該当しないことから、定款で規定することにつき、否定的な見解があります。
また、経済産業省が平成30年3月に公表した「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」の50頁では、「みなし清算は、任意に交わされる契約条項として設定されるものである。すなわち、定款の効力に基づき全株主に対して効力を及ぼす優先配当や残余財産分配の優先とは異なり、契約の効力として投資家に対して優先分配をもたらすものである。」と述べられています。
この記載から考えますと、経済産業省は、みなし清算条項は、定款ではなく、契約という方法で規定されているものと考えているといえます。
みなし清算条項の条項例
みなし清算条項の条項例について、例えば、以下のような条項が考えられます。
第○条(みなし清算条項)
契約当事者は、企業買収により受領する対価については定款に定められた残余財産分配権の計算式と同様に算出された対価により各株主が受領することに同意する。
まとめ
以上、投資契約におけるみなし清算条項について説明をしました。ベンチャー企業が、VC等と投資契約締結の交渉を行う際、VC等から、みなし清算条項を規定することを提案されることも多くあると思います。ベンチャー企業がVC等から投資を受けるためには、VC等の要望に応える必要がありますが、後々不利にならないよう、みなし清算条項の内容をしっかり検討する必要があります。みなし清算条項の検討に関しては、専門的な知識が要求されるため、専門家である弁護士によるアドバイスを受けるということが望ましいといえます。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務