ネット風評被害対策の基本とは
この記事の目次
風評被害とは
風評被害とは、「根拠のない噂のために受ける被害」のことです。風評とは世間であれこれ取りざたされることですから、悪い風評だけではなく、良い風評もあるのですが、悪い風評ほど速く、遠くへ広がっていき、長く残るものです。それ故、風評とはたいてい被害を伴うものとなります。
豊川信用金庫事件
実際に起こった風評被害の有名な例として、1973年の「豊川信用金庫事件」があります。
12月8日、愛知県の小坂井町(現・豊川市)で登校中の女子高校生2人が電車の中で、豊川信用金庫に就職が決まった友人Aに「信用金庫は危ないよ」と冗談を言ったのですが、この冗談を真に受けたAが親戚Bに電話で「豊川信用金庫は危ないのか?」と聞き、この親戚Bが別の親戚Cに「豊川信用金庫は危ないのか?」と尋ねました。
翌9日、Cが美容院経営者Dに「豊川信用金庫は危ないらしい」と言い、ここから話が拡散し始めました。
11日には「豊川信用金庫は危ない」という断定調になった話は広い範囲での噂となり、13日には取り付け騒ぎが発生しました。さらに、14日に事態収拾のため同信用金庫が出した声明が曲解され、騒ぎに拍車がかかってパニックとなってしまいました。
悪意のない冗談がパニックを引き起こすまでわずか数日間であり、その伝達の詳細なプロセスが解明された珍しい事例なので、心理学等の教材としてよく取り上げられてきました。
カイワレ大根事件
1996年の「カイワレ大根事件」も記憶に残る事件です。
大阪府堺市で学校給食による学童のO157集団感染により、死者3名が発生しました。厚生省(当時)による疫学原因調査で、この学童集団下痢症はカイワレダイコンが感染源の可能性が高いと新聞やテレビで報道されました。その結果起きた風評被害により、カイワレ業界は壊滅的打撃を受け、倒産や破産はおろか、自殺する生産者が出る事態となりました。
結局、感染源は特定できなかったのですが、この風評被害を打開するため、当時の厚生大臣であった菅直人が、安全さを消費者へアピールする目的でカイワレを食べる姿がテレビで報道されました。
ネット風評被害の時代
「豊川信用金庫事件」は様々な条件が偶然重なり、また狭い地域社会の中で起こった伝言ゲームであり、「カイワレ大根事件」は省庁が発表し、新聞やテレビが誤った情報を報道したという、まれな事件でした。どちらの場合も、日常的に起こる確率はあまり高くないと言えます。しかし、現代はネット風評被害が発生する時代です。
ネット風評被害
ネット風評被害とは、インターネット上で行われる風評に伴う被害のことですが、「豊川信用金庫事件」のように様々な条件が偶然重ならなくても、「カイワレ大根事件」のように政府・省庁やマスコミが関わらなくても、容易に発生します。
「豊川信用金庫事件」は、女子高校生Aが冗談を真に受けず、親戚Bに電話で「豊川信用金庫は危ないのか?」と聞くことがなかったとしたら、起こらなかったかもしれません。
しかし、現代では、もしAがネットで「豊川信用金庫は危ないのかしら?」とつぶやいただけでも、それを見た人々が「豊川信用金庫は危ない」と拡散するかもしれません。「豊川信用金庫事件」は取り付け騒ぎになるまでにわずか5日しか要しませんでしたが、ネットでは、もっと短い時間しかかからないでしょう。悪い風評は瞬く間に、何万人、何十万人、何百万人に拡散していくからです。
ネット風評被害は一人でも発生させられる
ネット風評被害は、たった一人が発生させることもできます。政府・省庁やマスコミ等が発生源にならなくても、発生するのです。
2003年12月、20代の女性が知人に「佐賀銀行が26日に倒産する」というメールを出し、それがチェーンメール化して、500億円余が出金される取り付け騒ぎとなりました。この女性はのちに信用棄損容疑で書類送検されましたが、悪意はなかったため、嫌疑不十分として不起訴に終わっています。一人のつぶやきでも、ネット風評被害を発生させることができるのです。
全ての企業がネット風評被害を受ける可能性がある
風評は悪意のない、何気ないつぶやきがきっかけとなり、拡散する可能性があります。
書き込む側が真実とは思っていなくても、受け取る側が真実であると誤解し、風評が拡散するかもしれません。
その分野に関して何の知識もない門外漢からの風評が、専門的な知識を持っている人からの情報と誤解され、拡散するかもしれません。
現代では、全ての企業がネット風評被害を受ける可能性があるのです。
企業とネット風評被害
インターネットで企業名を検索すると、その企業の評判を調べることができます。商品を購入する場合、Amazonや楽天市場、価格.comなどでレビューを参考にする人も多いでしょう。しかもSNSではツイッターやインスタグラムなど、簡易に情報が発信され、拡散されるようになっています。
このようなレビューなどから得る情報は信頼性のある情報として消費者に受容される傾向が高いので、企業は、インターネットでの評判や信用に注意する必要があります。
では、ネット風評被害を受けると、企業はどのような影響を受けるのでしょうか。
売り上げの低下
売り上げが低下することがまず問題です。商品の評判が悪い時、その商品をあえて買おうとする人はあまりいません。ある飲食店の味がまずいなどと書き込まれたら、客が少なくなるでしょう。イタリアンを食べようかと思い食べログで見ると、「従業員の態度が悪い」とあると、書き込みを無条件に信用するわけではなくても、あまり行く気にならなくなるのは事実です。東京医大は、受験者が激減しました。
評判の低下
風評被害を受けると、その企業のイメージが悪くなり、評判が低下します。長い年月をかけて築いてきた企業の評判は、一瞬にして崩壊してしまいます。「あの企業はブラック企業だ」「あの事件の犯人の父親が経営者だ」などという噂が流れると、それが虚偽や誤りだったとしても、容易には回復できない大きな損失となります。アメフト事件で、日大のブランド価値は失墜しました。
資金繰りが厳しくなる
経営をうまく行うには資金繰りが大切です。企業が風評被害を受けると、それが経営状態に関してのものであればもちろん、そうでなくても、金融機関や投資家の信用を失い、先行きを危惧される危険があります。貸し付けや投資に応じてもらえなくなる可能性があり、倒産リスクも高くなってしまいます。
従業員の労働意欲がそがれ、経営陣への不信が募る
自分が勤める会社が、「ブラック企業だ」「製造している製品が粗悪品だ」などと言われて炎上していたら、従業員はどのように感じるでしょう。また、炎上が続けば、無策な経営陣への不信も募るでしょう。風評被害が従業員に与える影響も看過できません。
採用活動が難しくなる
就職活動をしている人は、「転職会議」や「みんなの就職活動日記」などの就職関係の掲示板を利用することが多くなっています。こうした掲示板で企業の評判や口コミを見ているわけですが、ここに悪評を書き込まれるだけでも、応募する人が激減します。必要な人材が確保できなくなり、企業の競争力は低下していくこととなります。
ネット風評被害対策
ネット風評被害が発生したら、速やかに対処しなければなりません。「しばらく様子を見よう」などと考えていたら、大変なことになるかもしれません。放置しておいて、自然に鎮火する可能性はほとんどないとみるべきです。問題となる書き込みや投稿が残っている時間が長ければ長いほど、それを目にする人が増え、他の掲示板などに転載され、まとめサイトなどにコピーされて、際限なく拡散してしまう恐れがあるのです。そのため、ネット上での風評被害を確認した場合には、速やかに投稿の削除や投稿者特定といった対応を考える必要があります。
書き込みの削除申請
風評被害のもとになる書き込みや投稿などは、速やかに削除しなければなりません。
ネット上の書き込みや投稿などの削除をするためには、そのサイトの管理人・管理会社に削除申請をします。任意での削除を求め、削除を拒否された場合には、裁判所に仮処分申請を行います。
投稿者を特定する
ネット風評被害の場合、記事を削除しただけでは解決とはならない場合が多いです。削除しただけだと、再び同じような書き込みや投稿が行われるかもしれないからです。投稿者特定を行い、場合によっては法的な責任を負わせる必要があります。
投稿者特定をするためには、サイトの管理人・管理会社に対して発信者情報開示請求を行い、開示された内容からプロバイダを特定します。次にそのプロバイダに発信者情報開示請求を行い、投稿者の情報を得ます。原則としてプロバイダが任意で情報を開示することはないため、発信者情報開示請求という裁判が必要となります。そこで勝訴することができれば、裁判所がプロバイダに対して発信者情報開示命令を出してくれるので、投稿者の住所、氏名、電話番号、メールアドレスなどの情報を得ることができます。
損害賠償請求を行う
投稿者特定ができたら、その投稿者に対して、風評被害によって被った売り上げ低下に対し損害賠償を請求したり、名誉毀損に対して慰謝料請求を行うことが可能です。
不特定名誉毀損罪は、不特定多数の人が閲覧できる場所で情報の真偽に関わらず、他人の名誉を傷つけ、利益の低下などその価値を低めた場合に該当し、3年以下の懲役、もしくは50万円以下の罰金が科せられます。
信用棄損罪及び業務妨害罪は、嘘の情報を流すなどして信用を傷つけたり、業務を妨害した場合に該当します。やはり、3年以下の懲役、もしくは50万円以下の罰金が科せられます。
このような投稿削除や投稿者特定といった対策やそれに伴う手続きを個人が行うことは困難です。そこで、弁護士に相談して依頼する必要があるのです。本人と弁護士以外の第三者が削除作業を行うと非弁行為となるので、注意しましょう。
尚、下記記事において風評被害の弁護士費用と賠償フローについて書かれています。