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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

ネパール連邦民主共和国のEコマース法と消費者保護

ネパールのEコマース市場は、近年目覚ましい成長を遂げており、日本企業にとっても魅力的な市場になりつつあります。インターネット普及率の向上やスマートフォン利用の拡大、そして新型コロナウイルス感染症のパンデミックが、オンラインショッピングの習慣を加速させ、eSewa、Khalti、Fonepayといったデジタル決済プラットフォームの普及を後押ししました。2024年におけるネパールのEコマース市場規模は約8.88億米ドルと推定され、前年比20〜25%の成長率を示しています。

このような急速な市場の拡大は、これまで十分に整備されていなかった法的規制の必要性を浮き彫りにしました。ネパール政府は、この成長を国家戦略の一環として位置付け、2024年から2034年を「ITの10年」と宣言し、デジタル経済の正式化と税収確保を目指すとしています。特に、オンライン取引のために構造化された法的枠組みを作るため、2025年3月16日に「Eコマース法2081(2025)」(Electronic Commerce Act, 2025)が制定されたことが、近年の大きなトピックです。

なお、ネパールでは、西暦とは別にビクラム暦という独自の暦が使われています。ビクラム暦は紀元前57年を起年とし、西暦の4月半ばを新年とします。例えば、西暦2025年はビクラム暦では2081年又は2082年です。「Eコマース法2081(2025)」という表記は、このビクラム暦によるものです。

本記事では、近年急速に市場が拡大しているネパールのEコマース法と消費者保護について詳しく解説します。

また、ネパールの法律の全体像とその概要に関しては以下の記事で解説しています。

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ネパールEコマース関連主要法令一覧

ネパールにおけるEコマース関連の法規制は、複数の法律によって多角的に構成されています。主要な法令とその目的を以下に示します。

法令名(制定年)英語名称主な目的
Eコマース法2081(2025)E-Commerce Act 2081 (2025)電子商取引の規制、オンライン事業者の登録義務化、消費者保護、不正行為防止、税務コンプライアンスの強化。
電子取引法2063(2008)Electronic Transactions Act 2063 (2008)電子記録および電子署名の法的有効性の認証と規制、サイバー犯罪の防止と処罰。
消費者保護法2075(2018)Consumer Protection Act 2075 (2018)消費者の権利と利益の保護、事業慣行の規制、製品品質の確保、苦情処理メカニズムの提供。
個人情報保護法2075(2018)Individual Privacy Act 2075 (2018)個人情報および機微情報の定義、収集・利用の制限、データプライバシー権の保護。
広告規制法2076(2019)Advertisement Act 2076 (2019)広告活動の規制、直接マーケティングの制限、虚偽・誤解を招く広告の禁止。

Eコマース法2081(2025)の概要と事業者の登録義務

適用範囲と登録義務

Eコマース法2025は、ウェブサイト、モバイルアプリ、ソーシャルメディアを含むあらゆるデジタルプラットフォームを利用して事業を行う個人および企業に適用されます。特に注目すべきは、これまで規制の網の目をくぐっていた非公式なオンライン販売者も、本法の下では違法とみなされるようになった点です。商務・供給・消費者保護省によると、Eコマース法2025の施行後、期限までに登録を完了したEコマース事業者はわずか950件に過ぎず、これはFacebook、TikTok、Instagramなどのプラットフォームで観察される取引規模から予想される数千件をはるかに下回っています。

本法は、国際的なEコマース大手、例えばAmazonのような企業に対しても、ネパール国内での登録または現地代理人の任命を義務付けており、これに従わない場合は法的措置の対象となることを明言しています。この規定は、ネパールが自国のデジタル経済における主権を確立し、これまで捕捉しきれていなかった国際的な取引からも税収を確保しようとする強い姿勢を示しています。これは、日本企業が日本の特定商取引法の下で慣れ親しんだ、国内事業者に対する表示義務や広告規制が中心である越境ECのモデルとは一線を画します。ネパールでは、単に商品を販売するだけでなく、ネパール国内に法的または物理的な拠点を設けるか、信頼できる現地代理人を選任する義務が生じるため、より本格的な市場参入戦略とコンプライアンス体制の構築が不可欠となります。

登録手続きと情報開示

オンラインプラットフォームを設置して事業を行う企業は、商務・供給・消費者保護省の電子商取引ポータルでオンライン登録を行う必要があります。既存のEコマース事業者は、本法施行後3ヶ月以内に登録を完了しなければなりませんでした。登録が完了すると、部門からプラットフォーム登録番号が電子的に付与されます。

登録に際しては、以下の詳細な情報開示が義務付けられています。これは、日本の特定商取引法における通信販売の表示義務(氏名、住所、電話番号、価格、送料、返品条件など)と類似していますが、ネパール法では特に「公式登録番号」や「顧客苦情連絡先」の明示が義務付けられている点が特徴です。

  • オンラインプラットフォームの名称
  • 事業者の詳細(名称、住所、登録種別、登録証明書番号)
  • 事務所所在地(本社、支店、店舗など)
  • 特定の製品・サービスの販売に必要な特別許可
  • オンラインビジネスの種別(マーケットプレイスか直接販売か)
  • 税務登録番号(VATまたはPAN)
  • 連絡先(メール、電話番号、FAX、ソーシャルメディアリンク、カスタマーサポート連絡先)
  • 顧客苦情連絡先(担当者名、メール、電話番号、住所)
  • 政府の電子商取引ポータルに掲載された後の公式登録番号

なお、小規模事業者や家内工業は、独自のプラットフォームを構築する必要はなく、既存のオンラインプラットフォームを利用して販売することができます。

違反と罰則

Eコマース法に違反して事業を継続した場合、法的違反となり、5万ネパールルピーから50万ネパールルピーの罰金、または6ヶ月から3年の懲役、あるいはその両方が科される可能性があります。また、デジタルプラットフォームが上場廃止またはブロックされる可能性もあります。これは、日本法における特定商取引法違反(行政指導、業務停止命令、罰金など)と比較しても、より厳格な罰則が設定されていると言えます。

ネパールにおける消費者保護と取引の透明性に関する規定

ネパールのEコマース法および消費者保護法2075(2018)は、オンライン取引における消費者の権利保護と取引の透明性確保に重点を置いています。

Eコマース法における消費者保護

Eコマース法は、購入者が誤解されたり搾取されたりしないように、販売者に対して提供する製品やサービス、返金ポリシーについて透明性を確保するよう義務付けています。具体的には、以下の点が求められます。

  • 正確な商品情報: 提供するすべての製品やサービスについて、完全で正直かつ容易にアクセス可能な詳細情報を提供すること。
  • 取引記録の保持: 税務目的を含め、誰が何を、誰に、いつ販売したかについての適切な記録を保持すること。
  • 保証の履行: 販売者が保証を約束した場合、それを全期間にわたって遵守すること。
  • 虚偽のレビューや評価の禁止: 事業者自身やそのチームが顧客になりすまして虚偽の評価、証言、フィードバックを残すことは禁止されています。
  • 広告の真実性: 広告や商品説明は真実でなければならず、製品の利点を誇張したり、非現実的な期待を示したりしてはなりません。
  • タイムリーな配送: 正当な理由がない限り(自然災害など)、約束された期間内に配送すること。
  • 欠陥品または誤表示品に対する返品・返金: 顧客が欠陥品または説明と一致しない製品を受け取った場合、返品または交換を許可し、必要に応じて支払金額を返金しなければなりません。
  • 知的財産権または法的苦情の処理: 製品に関連して知的財産権侵害、商標権侵害、詐欺などの法的問題が提起された場合、事業者がその解決に責任を負います。

これらの規定、例えば「正確な商品情報」「虚偽のレビュー禁止」「広告の真実性」「欠陥品に対する返品・返金」といった要件は、日本の消費者契約法における取消権の要件(不実告知、不利益事実の不告知など)や、不当景品類及び不当表示防止法(景品表示法)における優良誤認表示・有利誤認表示の禁止と非常に共通しています。しかし、ネパールでは消費者保護法が制定されているにもかかわらず、その権利を執行するための専門的な「消費者裁判所」の設立がまだ待たれているという実務上の違いがあります。

日本では、消費者問題が発生した場合、消費者契約法に基づく契約の取消しや、景品表示法に基づく行政処分、さらには特定適格消費者団体による差止請求訴訟など、確立された法的救済手段が存在しますが、ネパールでは、この実務上のギャップにより紛争解決がより複雑になったり、時間がかかったりする可能性があります。

消費者保護法2075(2018)との連携

Eコマース法は、消費者保護法と密接に連携しています。消費者保護法は、事業者が品質基準を満たさない商品を提供することや、欠陥品を製造することを禁止しています。また、生産者は製品によって生じた損害に対して消費者に補償する義務を負います。商品には、生産者、成分、数量、使用方法、小売価格などの詳細情報が記載されたラベルを貼付することが義務付けられています。検査官は、安全でない、品質に問題がある、または法律に違反する商品を製造、販売、流通させることを制限し、テストで基準を満たさない商品は没収・破棄する権限を持っています。

ネパールにおけるデータプライバシーと個人情報保護の枠組み

ネパールにおけるデータプライバシーは、主に個人情報保護法2075(2018)によって保護されています。この法律は、電子手段で利用可能なデータに関するプライバシーの権利を保障し、関係者の同意なしにそのようなデータを使用または共有することを禁止しています。

個人情報と機微情報の定義

個人情報保護法は、「個人情報」を広範に定義しており、個人のカースト、民族性、出生、出自、宗教、肌の色、婚姻状況、学歴、住所、電話番号、メールアドレス、パスポート、市民権証明書、国民IDカード番号、運転免許証、有権者IDカード、公的機関発行のIDカード情報、個人情報が記載された送受信文書、指紋、網膜、血液型などの生体認証情報、犯罪歴、専門家の意見などが含まれます。

また、「機微情報」として、カースト、民族性、出自、政治的所属、宗教的信条、身体的・精神的健康状態、性的指向、財産に関する詳細情報などをリストアップしています。

データ収集と処理の原則

公的機関または法人によるデータ収集は、関係者の同意がある場合にのみ許可されます。法律で許可された公務員またはその許可を得た者以外は、個人の情報を収集、保存、保護、分析、処理、公開することはできません。機微情報の処理は原則として禁止されていますが、公衆衛生保護、疾病特定、健康治療、医療機関の管理、医療サービスの提供など、特定の状況下で、かつ関係者を侮辱したり劣等感を与えたりしない限り、処理が許可される場合があります。また、関係者自身が情報を公開した場合も例外となります。

収集された個人情報は、開示された目的以外で利用、拡散、交換することはできません。また、特定の目的のために収集・保存された個人情報は、その目的が達成された後30日以内に、データ主体への保証とともに破棄されなければなりません。

データ侵害時の義務と罰則

個人情報保護法における特定の違反は、国家刑事訴訟法2017のスケジュール-1に記載された「国家当事者犯罪」とみなされます。これにより、スケジュール-1の犯罪を認識した者は、第一次情報報告書(FIR)を提出する義務があります。また、国家刑法2017の第96条は、犯罪が行われたことを認識した場合、法的な義務を負う者が関係当局に情報を提供するよう義務付けています。

データ使用規定の違反に対しては、最大50万ネパールルピーの罰金、または3年の懲役、あるいはその両方が科される可能性があります。

ネパールは、2022年3月3日施行の国家放送規制の第11次改正により、OTTサービスプロバイダーに顧客データをネパール国内のサーバーに保存することを義務付けるなど、データ主権を強化する動きを見せています。これは、日本の個人情報保護法(APPI)が越境データ移転に関して、個人のオプトイン同意や受領側との個人情報保護システムの確立を条件に、比較的柔軟な対応を許容している点とは対照的です。日本企業がネパールでデジタルサービスを展開する際には、従来のグローバルなデータ管理戦略をそのまま適用できない可能性があり、特にクラウドベースのサービスや顧客データを一元的に管理している企業にとっては、ネパール国内にサーバーを設置する、あるいは現地でのデータ管理体制を構築するといった、追加的な投資と複雑なコンプライアンス対応が必要となる可能性があります。

広告規制とソーシャルメディアの利用

広告規制法2076(2019)は、受信者の同意なしにメールやSMSによる直接広告を行うことを禁止しています。これは、日本の特定商取引法におけるオプトイン規制(事前同意のない広告メールの送信禁止)と類似しており、日本企業はネパールでも同様の規制を遵守する必要があります。

また、ソーシャルネットワーク利用管理指令2023は、公共の性質のコンテンツを除き、許可なく個人のプライベートな写真やビデオを編集、公開、放送するなど、個人のプライバシーを侵害することを禁止しています。ソーシャルメディア法案(提案中)は、ソーシャルメディアプラットフォームに対し、ユーザーの個人情報のプライバシーを保護し、公開または他の目的で使用されないように必要なセキュリティ対策を講じることを義務付けています。これに違反した場合、最大100万ネパールルピーの罰金が科される可能性があります。

まとめ

ネパールは、Eコマース法2081(2025)の施行に象徴されるように、デジタル経済の急速な発展とそれに伴う法的枠組みの整備を積極的に進めています。この新しい法律は、これまで非公式であったオンライン市場を正式化し、透明性、消費者保護、そして税務コンプライアンスを強化することを目的としています。特に、国際的なEコマース事業者に対しても現地での登録または代理人の任命を義務付けている点は、日本企業がネパール市場に参入する上で不可欠な法的要件となります。

消費者保護の面では、ネパールは商品情報の正確性、保証の履行、返品・返金ポリシーの明確化など、日本の特定商取引法や消費者契約法と共通する多くの原則を採用しています。しかし、ネパールでは消費者裁判所の設立がまだ待たれているという実務上の違いがあり、日本企業はより強固な社内苦情処理体制の構築や、代替的な紛争解決手段の検討が必要となるでしょう。

これらの法的枠組みは、ネパール市場の健全な発展を促す一方で、日本企業にとっては新たなコンプライアンス上の課題をもたらします。ネパールでのビジネス展開を成功させるためには、これらの法的要件を深く理解し、適切なリスク管理体制を構築することが不可欠です。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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