モナコ公国における会社形態と会社設立の方法

モナコ政府は、Monaco Economic Board(MEB)を通じて600以上の加盟企業を擁する強力なビジネスネットワークを構築し、モナコ企業の成長を積極的に支援しています。また、経済開発局(旧Direction de l’Expansion Economique)は、会社登録業務を担う主要な政府機関として機能しており、2023年3月にはDirection du Développement Economiqueへと再編され、企業設立プロセスの簡素化やマネーロンダリング対策の強化を目指した組織改革が行われました。この再編により新設された「MONACO BUSINESS OFFICE」は、新規起業家や既存企業に対して専門的な支援を提供しています。
本記事では、モナコ公国における主要な会社形態とその設立要件、特に不動産投資や資産管理に用いられるソシエテ・シビル・イモビリエール(Société Civile Immobilière, SCI)に焦点を当て、日本の法制度との重要な異同を詳細に解説します。
この記事の目次
モナコ公国の主要な会社形態とその特徴

モナコ公国では、事業の性質や規模に応じて多様な会社形態が選択可能です。これらの形態は、フランス法の強い影響を受けつつも、モナコ独自の民法(Civil Code)や商法(Code de Commerce)といった法令に基づいて運用されています。
ソシエテ・アノニム・モネガスク(Société Anonyme Monégasque, SAM)
SAMは、日本の株式会社に類似する形態であり、大規模な事業展開や多額の資本調達を目的とする企業に適しています。特に海外市場で収益を上げる企業にとって第一の選択肢となる企業形態です。
SAMの設立には、最低2名の株主が必要とされ、自然人または法人いずれも株主となることができます。最低資本金は150,000ユーロと定められており、設立時に現金出資の少なくとも4分の1を払い込む必要があります。残額は設立後、所定の期間内に払い込むことになります。金融活動など特定の事業内容によっては、さらに高い資本金が要求される場合もあります。株主の責任は出資額に限定され、会社の債務に対して個人的な責任を負うことはありません。
管理体制は取締役会によって運営され、取締役は株主の中から選任されます。最低2名の取締役が必要であり、取締役のうち1名以上はモナコ居住者である必要がありますが、外国人でもモナコ居住者であれば取締役になることは可能です。取締役は職務遂行上の責任を負いますが、会社の債務に対して個人的な連帯責任を負うことはありません。
設立手続きにおいては、モナコの公証人による定款の作成と認証が義務付けられていました。その後、国務大臣による設立認可が必要となり、定款はJournal de Monacoに公示されます。しかし、2025年4月8日付法律第1.573号による会社法改正により、SAMの設立において私署証書による定款作成も可能となり、手続きの柔軟性が増しています。この変更は、設立手続きの簡素化と費用削減に繋がり、SAMの設立ハードルを下げる効果があるため、より幅広い投資家にとってSAMの選択肢が現実的になる可能性があります。
ソシエテ・ア・レスポンサビリテ・リミテ(Société à Responsabilité Limitée, SARL)
SARLは、日本の合同会社(LLC)に類似する形態であり、組織構造の柔軟性と日常運営の容易さから、モナコに進出する外国企業の多くがこの形態を選択します。
SARLの設立には、最低2名のパートナーが必要で、自然人または法人いずれもパートナーとなることができます。最低資本金は15,000ユーロで、設立時に現金出資の全額を、目的のために開設された金融機関の口座に払い込む必要があります。パートナーの責任は出資額に限定されます。
管理体制は、1名以上の自然人であるマネージャー(gérant)によって運営されます。マネージャーはパートナーである必要はありません。
設立手続きは、私署証書または公証人による定款の作成が可能であり、税務当局への登録が必要です。外国籍のパートナーが含まれる場合、国務大臣からの事業活動許可(autorisation d’exercer)の申請が必須となります。この許可申請には最大8週間程度の審査期間を要することがあります。許可が与えられた後、商業・産業登録簿(Trade and Industry Registry)への登録、NIS(統計識別番号)登録、税務当局への存在申告、マネージャーのCAMTI-CARTI(社会保障機関)への登録といった手続きが続きます。
ソシエテ・シビル・イモビリエール(Société Civile Immobilière, SCI)
SCIは、不動産の所有および管理に特化した非商業会社であり、特に家族間での不動産管理や相続計画に広く利用されています。
SCIの法的根拠と特徴
モナコのSCIは、民法第1670条から第1711条、1966年2月18日付法律第797号、2011年12月15日付法律第1.385号、そして2012年4月5日付大臣令第2012-182号に準拠しています。
SCIの設立要件として、最低2名のパートナーが必要であり、自然人・法人を問わず、国籍制限もありません。未成年者も一定の条件下でパートナーとなることが可能です。パートナーの責任は無限責任ですが、連帯責任ではなく、会社の債務に対しては出資比率に応じた比例責任を負い、会社の財産が不足する場合にのみ補完的に責任を負うことになります。
資本金については、最低額の定めがなく、理論上は1ユーロでも設立が可能です。現金出資と現物出資のいずれも認められています。SCIの事業目的は非商業的活動に限定されており、不動産の購入・転売(不動産ディーラー活動)や家具付き賃貸は認められていません。また、登記住所はモナコ国内に置くことが必須であり、重要な郵便物の確実な受領や行政機関との迅速な対応のため、専門サービスプロバイダーの利用が強く推奨されています。
SCIの設立要件と具体的な方法
SCIの設立プロセスは、いくつかの段階を経て進められます。
- 定款の作成: SCIの設立において最も基礎となるのが定款です。この文書には、会社の目的、パートナーの数、資本構成、そしてガバナンスルールが詳細に規定されます。定款は私署証書または公証人による認証のいずれかの形式で作成できますが、モナコの公証人は不動産取引や会社設立において中心的役割を担う公務員であり、その認証行為は強固な法的効力を持つため、専門家である公証人への相談が一般的です。
- 税務当局への登録: 作成された定款は、モナコの税務当局(Direction des Services Fiscaux)に登録する必要があります。これにより、会社が正式に法人として認められます。
- 経済開発局への提出: 署名済みの定款、パートナーおよびマネージャーの身分証明書、そして登録フォームを含む書類一式を経済開発局(Direction du Développement Economique)に提出します。この提出と承認を経て、会社は法的に承認されます。
- 登録証明書の取得: 経済開発局による承認後、SCIは登録証明書を受け取ります。この証明書により、モナコ法に基づき合法的に不動産を所有・管理する事業活動を開始することができます。
SCIの利点
SCIは、特定の目的において非常に有効なツールですが、その特性を理解しておくことが重要です。
- 資産管理の効率化: 複数の不動産やその他の資産(有価証券ポートフォリオ、美術品、高級車両など)を単一の法人で管理できるため、統制が強化され、より効率的な資産運用が可能になります。
- 相続計画の簡素化: SCIの最大の利点の一つは、株式譲渡を通じて所有権の移転を容易にすることです。これにより、不動産そのものを直接移転する際の複雑な手続きや共同所有(indivision)に伴う問題を回避できます。特に、モナコ居住者がフランス不動産を保有する場合、フランス・モナコ租税条約(1950年4月1日付)により、モナコSCIの株式は特定の条件下でフランスの相続税を回避できる可能性があります。
- 高い機密性: モナコSCIのパートナー情報は一般に公開されず、特定の当局(例: フランス税務当局)からの正式な要請があった場合にのみ開示されます。これは、フランスSCIのパートナー情報が公開される点と大きく異なります。
- 税制上の優遇: モナコSCIは法人税が免除されます。また、モナコにおける相続税は、直系尊属・配偶者間では0%であり、その他の親族間でも8%から16%と、多くの国と比較して非常に有利な税率が適用されます。
- 意思決定の明確化: 定款において、管理者の権限や総会での議決権など、会社の運営規則を詳細に規定できるため、パートナー間の紛争を未然に防ぎ、効率的な意思決定を可能にします。
- 複数人での購入能力向上: 複数人の資本を結合することで、より大規模な不動産ポートフォリオを構築し、投資機会を拡大できます。
SCIの欠点
- 商業活動の制限: SCIは不動産の所有・管理に特化しており、不動産の購入・転売といった商業活動や、家具付き賃貸は認められていません。これらの活動を行う場合は、SARLなどの異なる会社形態を検討する必要があります。
- パートナーの無限責任(連帯ではない): 前述の通り、パートナーは無限責任を負いますが、これは連帯責任ではないため、各パートナーの責任は出資比率に応じた比例責任に限定されます。
- 設立および管理コスト: 定款作成のための公証人費用、年間会計処理、各種申告など、設立および継続的な管理には一定のコストが発生します。
- フランス不動産を保有する場合のフランス税務義務: モナコSCIがフランス国内の不動産を保有する場合、フランスの税務当局に対して「3%税」を回避するための年間申告(Form 2746)または取得後2ヶ月以内の誓約書提出、および年間所得税申告(Form 2072)が義務付けられます。
- 銀行融資へのアクセス制限: フランスの銀行は、モナコSCIへの融資に消極的である場合があるため、資金調達の選択肢が限定される可能性があります。
近年のマネーロンダリング対策の強化に伴い、モナコSCIも透明性要件が厳格化されています。特に、受益者情報(beneficial owner)の開示が求められるようになっており、これは、かつての「チェックなし」の時代が終わり、デューデリジェンスとコンプライアンスが不可欠になったことを示唆しています。
モナコにおけるその他の会社形態
モナコには、これら以外にもいくつかの会社形態が存在します。
- ソシエテ・ノン・コレクティブ(Société en Nom Collectif, SNC): 日本の合名会社に類似し、全てのパートナーが会社の債務に対し無限連帯責任を負う形態です。最低資本金は定められていません。
- ソシエテ・アン・コマンディット・シンプル(Société en Commandite Simple, SCS): 日本の合資会社に類似し、無限責任を負う「アクティブ・パートナー」と、出資額を限度とする有限責任を負う「リミテッド・パートナー」の2種類のパートナーで構成されます。最低資本金は定められていません。
ただ、日本の合名会社・合資会社と同様に、少なくとも一部のパートナーが無限責任となるため、選択される場面は少ないように思えます。
モナコと日本の法律の共通点や相違点

会社形態の比較
モナコの主要な会社形態と日本の会社形態には、類似点と相違点が存在します。
- SAMと株式会社: SAMは日本の株式会社に類似し、大規模な事業や資本調達に適している点で共通します。株式会社は対外的な信用度が高いとされますが、設立費用や維持コストも高くなります。
- SARLと合同会社: SARLは日本の合同会社に類似し、組織の柔軟性や日常運営の容易さにおいて共通点があります。しかし、SARLには最低資本金15,000ユーロが設定され、設立時に全額の払い込みが必要であるのに対し、日本の合同会社は資本金の預け入れが不要であり、設立費用も株式会社より低いという特徴があります。
- SNC/SCSと合名会社/合資会社: モナコのSNCやSCSは、パートナーの無限責任の有無や範囲が日本の合名会社/合資会社と類似しています。ただ、日本では無限責任を伴う合名会社や合資会社は、実務上ほとんど選択されない傾向にあります。
SCIと日本の不動産投資スキーム
SCIは不動産の所有・管理に特化した非商業会社ですが、日本の不動産投資スキームとは目的や規制が大きく異なります。日本の不動産特定共同事業法(FIP)に基づく事業は、投資家から資金を集めて不動産を運用し、利益を分配する商業目的の投資スキームであり、許認可が必要です。FIPには、任意組合型、匿名組合型、賃貸委任契約型などがあり、それぞれに詳細な規制が設けられています。これに対し、SCIはあくまで非商業的な不動産管理を目的とし、不動産売買や家具付き賃貸は禁止されています。
税制面
モナコと日本、そしてフランスとの間では、税務面で重要な違いが存在します。
まず、日本では、会社形態に応じた法人税、個人の所得に対する所得税、相続・贈与税、不動産取得税、固定資産税など、多岐にわたる税金が課されますが、モナコSCIは法人税が免除されます。また、モナコでは個人所得税やキャピタルゲイン税が課されず、不動産所得税や不動産売却益に対するキャピタルゲイン税もありません(フランス国民を除く)。相続税も直系尊属・配偶者間では0%と非常に優遇されています。
なお、モナコSCIがフランス国内の不動産を保有する場合、フランスの税務義務が発生します。特に、フランスの「3%税」を回避するためには、年間申告(Form 2746)を行うか、不動産取得後2ヶ月以内にフランス税務当局に誓約書を提出する必要があります。また、フランス国内の不動産から生じる所得については、年間所得税申告(Form 2072)が義務付けられます。一方で、モナコ居住者がモナコSCIを通じてフランス不動産を保有する場合、フランス・モナコ租税条約(1950年4月1日付)により、モナコSCIの株式は特定の条件下でフランスの相続税を回避できる可能性があります。これは、フランスの相続税率が最大45%にも上ることを考えると、非常に大きなメリットとなり得ます。
公証制度の役割
モナコと日本では、公証人の役割にも大きな違いがあります。
日本では、会社設立手続きにおいて司法書士や行政書士が代行業務を行いますが、公証人の役割は定款認証など一部に限定されます。不動産取引においては、司法書士が登記手続きを担うのが一般的です。
これに対し、モナコでは、公証人は公務員として、法的文書の作成、認証、保管、法的助言、会社設立、不動産取引、相続計画において中心的役割を果たす専門家です。彼らの認証する文書は、強固な法的効力を持ち、取引の透明性と安全性を保証します。不動産取引においては、公証人が当事者の身元確認、物件の権利関係、抵当権の有無などを徹底的に確認し、売買契約書や最終的な証書を作成します。モナコの公証人は、日本の公証人よりも広範な権限と責任を持ち、非争訟性の私法分野において包括的な法的サービスを提供します。
まとめ
SAMやSARLといった商業会社形態は、事業の規模や目的に応じて柔軟に選択でき、外国籍の投資家でも設立が可能です。2025年の会社法改正によりSAMの設立手続きが簡素化されたことは、モナコ進出のハードルを下げる要因となるでしょう。
また、不動産投資や資産管理を目的とする場合、ソシエテ・シビル・イモビリエール(SCI)は非常に有効なツールです。法人税免除や相続税の優遇、高い機密性といった利点は、特に長期的な資産形成や円滑な事業承継を考える経営者にとって大きな魅力となります。しかし、SCIには商業活動の制限や、フランス不動産を保有する際のフランス税務義務といった特有の制約も存在するため、その活用には慎重な検討が必要です。
日本の法制度との比較では、モナコの会社形態は類似点も多いものの、設立要件、資本金、管理体制、そして特に税制面で重要な違いがあります。モナコと日本の間にはまだ租税条約が締結されていないため、モナコでの事業活動から生じる所得や資産に対する日本での課税関係を慎重に検討する必要があります。
関連取扱分野:国際法務・海外事業
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務