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ベルギー王国の会社法が定めるコーポレートガバナンス

ベルギー王国の会社法が定めるコーポレートガバナンス

ベルギーが2019年に制定し、2020年1月1日に施行された「会社・団体法典」(Code des sociétés et des associations; CSA)は、同国の会社法に抜本的な改革をもたらしました。この法改正は、企業の国際競争力向上と透明性向上を目的としており、特にコーポレートガバナンス構造の選択肢が大幅に柔軟化された点は、日本企業がベルギーでの事業展開を検討する上で見過ごせない重要な変更です。新法は、従来の単層型モデルに加え、より明確な権限分離を伴う二層型モデルの導入を可能にしました。

本稿では、この新しい会社法が提供する統治構造の選択肢、取締役の賠償責任に関する新たなルール、そして日本の会社法における統治構造との異同を詳細に解説します。ベルギー進出を検討する皆様が、現地の法的・実務的環境をより深く理解し、適切な意思決定を行うための基礎情報を得られるよう、具体的な法令を根拠とした解説を提供します。

ベルギーの新会社法(CSA)がもたらしたガバナンス改革の背景

改革の三原則と国際的アピール

新会社法(CSA)は、企業を国際的に競争力のあるものにすることを意図して、簡素化、柔軟性、そして欧州の潮流への対応を三つの柱として制定されました。この改革の一環として、会社の国籍を決定する基準が「実質的な本店所在地」から「登記上の本店所在地」に変更されました。この変更は、ドイツやフランスなどの大陸法系諸国で伝統的に用いられてきた「実質的な本店所在地」理論から脱却し、イギリスやオランダが採用している「設立登記地」理論に倣うものです。この法改正により、企業の設立や移転に関する法的予見可能性が高まり、より客観的かつ容易に手続きを進めることが可能になりました。

ガバナンスモデルの柔軟化は、この予見可能性向上の一環であり、単に選択肢を増やすだけでなく、国際的な基準に適合し、より信頼性の高い統治体制を構築するための手段であると言えるでしょう。このアプローチは、特に「本店所在地」基準に慣れた日本の企業に対し、より明確な法的基盤を提供し、ベルギーへの進出リスクを低減させる効果を持つと評価できます。新会社法は、単に法律を改正するだけでなく、グローバル市場での競争力を意識した国家戦略の一環と捉えるべきです。

コーポレートガバナンス・コードの役割

ベルギーでは、新会社法の制定と並行して、上場企業向けの「2020年ベルギー・コーポレートガバナンス・コード」(以下「2020年コード」)が導入されました。このコードは、法的拘束力を持つ「ハードロー」としての会社法を補完する「ソフトロー」として機能し、より良い統治を促すための規範を示しています。

「2020年コード」の根幹にあるのは、「コンプライ・オア・エクスプレイン」(Comply or Explain)原則です。この原則は、企業にコードの規定に従うか、従わない場合にその理由を適切に説明することを求めるものです。この原則は、一見すると緩やかに見えますが、企業が自社のガバナンス体制を継続的に見直し、その正当性を外部に説明する「透明性」と「説明責任」を強く求めていることを意味します。これにより、企業は特定の規定に従うかどうかの判断だけでなく、なぜその選択が自社の長期的な価値創造に資するのかを論理的に構築するプロセスを余儀なくされます。これは、特に日本企業が慣れ親しんだ、法令や規則に画一的に従うというアプローチとは異なり、柔軟性と自己規律を両立させる、より成熟したガバナンス文化の醸成を示唆しています。

さらに、「2020年コード」は、株主だけでなく、すべてのステークホルダー(従業員、コミュニティ、顧客など)の利益を考慮した「長期的な価値創造」を目的としています。ベルギーの製薬会社UCB社の例では、ガバナンス憲章において、患者や従業員、地域社会といった幅広いステークホルダーへのコミットメントを明確に表明しています。これは、日本企業のコーポレートガバナンス・コードが株主以外のステークホルダーとの適切な協働を基本原則として掲げている考え方と通じるものがあります。この透明性と説明責任の要求は、市場や投資家からの厳しい目にさらされることを意味するため、実質的にガバナンス基準を全体的に引き上げる方向に働いています。

ベルギー会社法におけるガバナンス構造の選択肢

新会社法(CSA)下では、公開有限会社(Naamloze Vennootschap; NV/SA)は、以下の3つの統治モデルから選択できるようになりました。

「単層型(一元型)」モデル

最も一般的で、特に大企業以外の多国籍企業の現地子会社などで広く採用されているのは単層型モデルです。このモデルでは、単一の取締役会(Board of Directors)が業務執行と監督の両方を担います。取締役会は原則として3人以上の取締役で構成されますが、株主が2名以下の場合は2名で構成することも可能です。

このモデルは、日本の会社法における「取締役会設置会社」に構造的に似ており、日本の経営者にとって馴染みやすいと言えるでしょう。取締役会が業務執行の最高責任者を任命し、その業務遂行を監督します。

「二層型(二元型)」モデル

二層型モデルは、業務執行と監督機能を明確に分離したモデルです。監査役会(Supervisory Board)が監督を、経営委員会(Management Board)が業務執行を担います。両機関はそれぞれ3人以上のメンバーで構成され、互いに兼任することはできません。監査役会は会社の全体的な戦略と方針、経営委員会の監督を担当し、経営委員会は日常的な業務執行を行います。

このモデルは、主に大規模な上場企業向けに設計されており、過去の管理委員会制度をより厳格で明確な形で再構築したものです。これは、欧州大陸法系の国々で広く見られる構造であり、企業の規模や国際的なステータスに応じた統治体制の構築を可能にするものです。

「単独取締役型」モデル

単独取締役型は、その名の通り、取締役が1人だけで会社の経営を担うモデルです。このモデルでは、取締役が会社を単独で代表する権限を持ち、定款によってその権限を最大限に拡大することが可能です。特に、グループ企業の子会社などで、経営の簡素化を図る際に有用なモデルであると言えます。日本においても、取締役が1名のみで会社を設立・経営することは可能ですが、ベルギーの単独取締役型は公開有限会社(NV/SA)においても選択肢として明記されている点が特徴です。このモデルは、取締役会が合議体として意思決定を行う日本の取締役会設置会社とは異なり、個人の意思決定権が非常に強い構造です。

ベルギー法と日本法との比較

ベルギー法と日本法との比較

ベルギーの新しいガバナンス構造を理解する上で、日本の法制度との異同を比較することは、日本人経営者や法務部員にとって非常に重要です。

統治モデルの選択肢と主流の相違

日本の会社法における主要なガバナンス構造は、「監査役会設置会社」「監査等委員会設置会社」「指名委員会等設置会社」の3つです。このうち「監査役会設置会社」がいまだに半数以上を占める主流であり、次に「監査等委員会設置会社」が続きます。対してベルギーでは、「単層型」が最も一般的で、大規模な企業向けに「二層型」が選択肢として用意されています。

この違いは、各国の歴史的な法的背景を反映していると言えます。

監督・監査機能の違い

ベルギーの単層型と日本の監査役会設置会社における監督・監査機能の根本的な違いは、その担い手と構造にあります。

  • ベルギーの単層型:単一の取締役会が業務執行と監督の両方を担います。監督機能は、取締役会内部の非業務執行取締役によって行われることになります。
  • 日本の監査役会設置会社:業務執行機関である取締役会とは別に、独立した監査機関である監査役会が取締役の職務執行を監査します。監査役は、株主総会で選任され、業務執行から完全に独立した立場にあります。

この違いは、ベルギーの単層型が「取締役会全体での監督」を基本とするのに対し、日本が「独立した第三者機関による監督」を志向してきた歴史を反映しています。

ベルギーの二層型と日本の指名委員会等設置会社

ベルギーの二層型における監査役会(監督)経営委員会(業務執行)の役割分担は、日本の「指名委員会等設置会社」における取締役会(監督)執行役(業務執行)の関係性に非常に似ています。どちらのモデルも、業務執行と監督の役割を明確に分離することで、ガバナンスの透明性と効率性を高めることを目的としています。

しかし、ベルギー(を含む欧州大陸系)の二層型は、従業員代表を含む幅広いステークホルダーの意見を反映する傾向がある点が、伝統的に株主価値を重視してきたアングロ・アメリカンモデルや、株主・従業員・社会を広く捉える日本モデルとの比較において興味深いポイントです。

以下の表は、各モデルの主要な機関と機能を比較し、読者の理解を助けるために作成したものです。

ベルギー(単層型)ベルギー(二層型)日本(監査役会設置会社)
主要な機関取締役会監査役会・経営委員会取締役会・監査役会
監督機能取締役会内部の非業務執行取締役監査役会が担う監査役会が担う
業務執行取締役会(一部を委任)経営委員会が担う取締役会(代表取締役が中心)
適用される企業全てのNV/SAで選択可(主流)主に大規模な上場企業向け全企業で選択可(主流)
主な特徴業務執行と監督が一体。日本の取締役会設置会社に類似。業務執行と監督が明確に分離。欧州大陸法系の伝統的な構造。業務執行と監査が分離。独立した監査役によるチェックが特徴。

ベルギー新会社法における取締役の責任と最新の潮流

ベルギー新会社法における取締役の責任と最新の潮流

取締役の賠償責任に関する上限規定

ベルギーの新会社法は、取締役の賠償責任に上限を設けるという画期的な規定を導入しました。この上限は、企業の規模に応じて12万5,000ユーロから1,200万ユーロの範囲で設定されます。この規定は、一見すると取締役の保護を大幅に強化するもののように見えます。

しかし、この上限規定には多くの例外が存在します。例えば、重大な過失、常習的な軽微な過失、詐欺的な意図、あるいは会社に損害を与える意図をもって行われた行為には適用されません。これにより、この規定は実質的に「偶発的な軽微な過失」に限定して適用されることになります。この規定は、取締役の不注意や悪質な行為を免責するものではなく、取締役が「善良で注意深い」経営者として行動することの重要性を改めて強調する法的メッセージと捉えるべきです。

この制度の真の価値は、取締役が自己の責任を自覚し、D&O(取締役・役員賠償責任)保険の導入を促進することで、企業の全体的なリスク管理体制を強化する点にあります。責任上限があることで、保険料が下がり、企業がより容易に保険を導入できるようになることが実務上示唆されています。これは、形式的な保護ではなく、リスク管理を企業全体で向上させるための実務的なツールです。日本の会社法にはこのような明確な責任上限規定は存在しないため、この点は日本の経営者にとって特に重要な違いとなります。

コーポレートガバナンスの最新動向

ベルギーのコーポレートガバナンスは、国際的な潮流に沿って継続的に進化しています。最新の動向としては、以下の点が挙げられます。

取締役会の構成では、多様性の確保が図られています。独立取締役の数が増加しており、特にベルギー株式市場の主要指数であるBEL 20の企業において、独立取締役が非業務執行取締役の50%に達しています。これは、統治構造における説明責任と透明性を高め、多様な視点を取り入れるための取り組みの結果と言えます。また、女性取締役の比率も着実に向上しており、2024年には全体の39%に達しました。2020年ベルギー・コーポレートガバナンス・コードでは、女性取締役の比率を最低32%とするよう義務付けており、多くの企業がこの要件を遵守しています。

さらに、取締役会の議題も現代的な課題へとシフトしています。ESG(環境・社会・ガバナンス)、AI(人工知能)、サイバーセキュリティといったテーマが、取締役会の最重要議題となっています。特にAIとサイバーセキュリティに関しては、取締役会が技術的な発展と脅威の両方に対する理解を深めることが求められており、外部の専門家や内部リソースを活用した知見の強化が進められています。これらの動向は、ベルギーの企業が単なる法令遵守を超えて、より広範な社会的責任と長期的な企業価値向上を志向していることを示しており、EUで進む企業サステナビリティ報告指令(CSRD)などの環境規制への対応は、日本企業が現地進出後、直面する可能性のある重要な課題です。

まとめ

ベルギーの新会社法は、グローバル化するビジネス環境において、より柔軟かつ現代的なコーポレートガバナンスの枠組みを提供しています。単層型と二層型の選択肢は、企業の規模や戦略に応じて最適な統治モデルを構築する自由をもたらす一方で、法的な構造だけでなく、取締役の責任や、ESGといった現代的な課題への対応といった、複雑な実務的検討を必要とします。

当事務所は、ベルギーにおける最新の法規制や実務動向を踏まえ、現地法人設立からコーポレートガバナンス体制の設計、各種契約の作成、そして日常的な法務コンサルティングに至るまで、日本企業のベルギー進出を強力にサポートいたします。これらの複雑な課題に直面された際は、ぜひ一度当事務所までご相談ください。私たちは、貴社のベルギーでの成功に向け、信頼できるパートナーとして伴走いたします。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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