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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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ジョージアの税制の全体像と優遇措置を弁護士が解説

ジョージアの税制の全体像と優遇措置を弁護士が解説

ジョージア(旧称グルジア)は、コーカサス地方に位置し、近年、その急進的な経済改革とビジネスフレンドリーな環境整備により、世界中の投資家や起業家から熱視線を浴びています。特に注目されているのが、その極めてシンプルかつ低負担な税制です。世界銀行が発表する「ビジネスのしやすさランキング(Doing Business)」においても常に上位にランクインしてきた同国は、複雑な官僚的手続きを排除し、外国資本の誘致を国策として強力に推進しています。日本企業にとっても、ジョージアは単なる安価なオフショア地域ではなく、欧州・中東・アジアを結ぶ戦略的なハブ、あるいはIT開発拠点としての魅力を高めています。

しかし、表面的な「税率の低さ」だけを捉えて進出することは危険です。同国の税法は、日本の税法体系とは根本的に異なる概念(例えば、エストニア・モデルと呼ばれる法人税制や、厳格な源泉地主義に基づく所得税制)を採用しており、その法的構造を正確に理解していなければ、思わぬ税務リスクに直面することになります。

本稿では、ジョージア税法典(Tax Code of Georgia)に基づき、同国の税制の全体像、中小企業向けの優遇措置、そして日本法との重要な相違点について、最新の判例や条約の動向を交えながら詳細に解説します。

ジョージア税体系の基礎と法的構造

ジョージアの税制を規律する基本法は「ジョージア税法典(Tax Code of Georgia)」です。日本の税法が所得税法、法人税法、消費税法など個別の法律に分かれているのに対し、ジョージアではこれらが単一の法典に統合されています。同国の税金は、国税と地方税のわずか6種類に限定されており、相続税、贈与税、社会保障税(年金拠出は別途制度化されていますが税とは区別されます)などが存在しない点が大きな特徴です。

国税には、所得税(Personal Income Tax)、利潤税(Profit Tax、日本の法人税に相当)、付加価値税(VAT)、物品税(Excise Tax)、輸入税(Import Tax)が含まれ、地方税としては財産税(Property Tax)のみが存在します。この簡素な構造は、行政コストの削減と納税者のコンプライアンス負担の軽減を意図したものです。

特に日本の法務担当者が理解しておくべきは、租税法律主義の徹底です。税法典第4条は、税務に関する下位法令が税法典に矛盾してはならないこと、また税務問題に関して他の法律と矛盾がある場合は税法典が優先することを明記しています。これは、予見可能性の高い法的環境を投資家に提供するための重要な保障といえます。

参考:ジョージア税法典(英語)
https://matsne.gov.ge/en/document/download/1043717/93/en/pdf

ジョージア法人税制の特質:エストニア・モデルの採用

ジョージア法人税制の特質:エストニア・モデルの採用

2017年、ジョージアは法人税制(利潤税)において抜本的な改革を行いました。それは、従来の「発生主義」に基づく課税を廃止し、利益を配当した時点で初めて課税を行う「分配時課税方式」、通称「エストニア・モデル」への移行です。

日本の法人税法では、決算期末に確定した所得(益金から損金を引いた額)に対して課税が行われます。したがって、企業が利益を内部留保し、設備投資に回そうとしている段階でも納税義務が発生し、キャッシュフローを圧迫する要因となります。これに対し、ジョージア税法典第97条および第98条に基づく制度では、法人が獲得した利益を再投資に回したり、内部留保としてプールしている限り、法人税は課されません課税のトリガーとなるのは、株主への配当金の支払い、または経費として認められない支出(みなし分配)が行われた時点です。

税率は一律15%ですが、計算方法には注意が必要です。配当額は「税引後の金額」とみなされるため、実際の税額計算ではグロスアップ(割り戻し)計算が行われます。具体的には、配当額を0.85で割り戻した金額に15%を乗じるため、実質的な税負担率は配当額に対して約17.65%となります。この仕組みは、成長フェーズにある企業や、利益を継続的に事業拡大に投じたいスタートアップ企業にとって、資金効率を最大化できる強力なインセンティブとなります。

また、日本の「交際費等の損金不算入」や「寄付金の損金算入限度額」に類似した概念として、事業に関連しない経費の支出や、限度額を超える交際費の支出は「利益の分配」とみなされ、即座に15%の課税対象となる点も、コンプライアンス上、極めて重要です。

ジョージアにおける個人所得税と源泉地主義の厳格な適用

個人所得税率は一律20%のフラットタックスであり、日本の累進課税制度(最大45%+住民税10%)と比較して、高所得者にとっては極めて有利な設計となっています。しかし、ここで最も誤解を生みやすいのが「源泉地主義(Territoriality Principle)」の解釈です。

ジョージア税法典第82条は、居住者自然人が受け取る「外国源泉の所得」を所得税から免除しています。この条文を表面的に解釈し、「海外のクライアントから報酬を受け取る場合、すべて非課税になる」と誤信してしまうケースが後を絶ちません。しかし、同法第104条における「ジョージア国内源泉所得」の定義は、所得の支払地ではなく、「役務(サービス)が提供された場所」を基準としています。

例えば、日本企業から業務委託を受けた日本人エンジニアが、ジョージア国内の自宅でプログラミング業務を行った場合、その報酬が日本の銀行口座に振り込まれたとしても、役務提供地はジョージア国内であるため、それは「ジョージア国内源泉所得」とみなされます。したがって、この所得は免税とならず、20%の所得税の課税対象となります。真に非課税となる「外国源泉所得」とは、主に海外にある不動産の賃貸収入や、ジョージア国内での活動を一切伴わないパッシブインカム(利子・配当等の一部)に限られる傾向にあります。この点に関する認識の齟齬は、将来的な税務調査において多額の追徴課税を招くリスクがあります。

ジョージアの中小企業向け特別税制:小規模事業者ステータス

ジョージア政府は、小規模なビジネスの活性化とアンダーグラウンド経済の是正を目的として、世界的にも類を見ない優遇税制を設けています。その中核となるのが「小規模事業者(Small Business)」ステータスです。

このステータスを取得できるのは、年間売上高が50万ラリ(約2,700万円前後)以下の個人事業主(Individual Entrepreneur)です。この条件を満たす場合、課税所得(利益)ではなく、売上高(Turnover)に対してわずか1%の税率が適用されます。日本の個人事業主が、所得税、住民税、事業税、社会保険料を含めて実効税率30%以上の負担を強いられることと比較すると、そのメリットは圧倒的です。

ただし、すべての業種がこの恩恵を受けられるわけではありません。ジョージア政府決議により、「禁止活動リスト」が定められており、コンサルティング業、法律サービス、金融サービスなどは、たとえ売上規模が小さくても小規模事業者ステータスの対象外とされ、通常の20%課税が適用されます。特に「コンサルティング」の定義は広範に解釈される可能性があるため、ITエンジニアやマーケターとして登録する際にも、業務内容の実態がコンサルティングに該当しないか、慎重な判断が求められます。

また、年間売上高が50万ラリを超過した場合、その超過した年から税率は3%に引き上げられ、2年連続で超過すると小規模事業者ステータスは取り消されます。この「2年連続ルール」の管理も、事業計画上、重要なポイントとなります。

さらに小規模な「マイクロビジネス(Micro Business)」ステータスも存在します。これは年間売上高3万ラリ未満で、従業員を雇用していない(家族を除く)個人事業主が対象となり、所得税が完全に免除(0%)されます。

非居住者に対するジョージアの税制と不動産保有

ジョージアは非居住者に対しても明確な税制を適用しています。非居住者は、原則としてジョージア国内源泉所得に対してのみ課税されます。配当、利子、ロイヤリティなどの投資収益については、支払時に源泉徴収(通常5%)が行われることで課税関係が完結することが一般的です。

特筆すべきは、2021年に発効した「日本国とジョージアとの間の租税条約(日・ジョージア租税条約)」の影響です。この条約により、日本企業のジョージア子会社から親会社への配当、利子、使用料(ロイヤリティ)に対する源泉徴収税率が大幅に軽減、あるいは免除されることとなりました。特に使用料(ロイヤリティ)については、源泉地国(ジョージア)での課税が免除される規定となっており、日本のIT企業やコンテンツ企業がジョージアに進出する際の大きな追い風となっています。

不動産税(固定資産税)に関しては、非居住者が個人的な目的で所有する不動産に対する優遇措置があります。具体的には、自然人の場合、全世界での年間家族総所得が4万ラリ以下であれば、ジョージア国内に所有する不動産に対する財産税は免除されます。また、10万ラリ以下であれば0.05%〜0.2%の軽減税率が適用されます。ただし、この「家族総所得」にはジョージア国外での所得も含まれるため、日本で一定の収入がある投資家の場合、免税措置の適用外となる可能性が高い点には注意が必要です。税率は地方自治体によって決定されますが、上限は市場価値の1%と法定されています。

参考:日・ジョージア租税条約(外務省)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/A-H33-293.pdf

ジョージアにおける紛争解決と司法判断の動向

ジョージアにおける紛争解決と司法判断の動向

ジョージアにおける税務紛争は、歳入庁(Revenue Service)内の紛争解決部門への異議申し立てから始まり、財務省の紛争解決評議会、そして裁判所へと至るプロセスを経ます。

ジョージアの裁判所、特に最高裁判所(Supreme Court of Georgia)の判例は、税法の解釈において重要な指針となります。例えば、BS-1323(2K-20)号事件のような事案では、関連当事者間(Interdependent Persons)の取引価格、いわゆる移転価格の妥当性が争点となり、税務当局による否認処分に対する司法判断が示されています。裁判所は、税法典の形式的な適用だけでなく、取引の実質的な経済的合理性を重視する傾向にあり、納税者側には取引価格が市場価格(Arm’s Length Price)に基づいていることを証明する高度な立証責任が求められます。

また、2011年の「Bakanidze」事件(Sole proprietor Bakanidze vs. Taxation body)では、最高裁判所は個人事業主に対する不当な在庫課税処分を取り消す判決を下しており、行政の裁量権に対する司法のチェック機能が一定程度機能していることを示唆しています。しかし、事実認定においては、納税者の証言の矛盾が厳しく指弾されるケースもあり、一貫した説明と証拠保全の重要性は日本と同様、あるいはそれ以上に高いと言えます。

参考:最高裁判所の判例(ジョージア最高裁判所)
https://www.supremecourt.ge/en

まとめ

ジョージアの税制は、その「シンプルさ」と「低税率」において、閉塞感のある日本の税制とは対照的な輝きを放っています。エストニア・モデルによる再投資の促進、IT企業への優遇、そして1%の小規模事業者税制は、グローバルに展開する日本企業や起業家にとって、強力な武器となり得ます。

しかし、そのシンプルさゆえに、条文の解釈には慎重さが求められます。「源泉地主義」の正確な理解、「小規模事業者」の適用除外業種の精査、そして「みなし分配」による予期せぬ課税リスクなど、落とし穴も存在します。特に、税務当局は近年、実体のないペーパーカンパニーや、制度の趣旨を逸脱した租税回避行為に対して監視の目を光らせており、単なる形式的な要件充足だけでは不十分なケースが増えています。

モノリス法律事務所では、現地の最新の法令改正情報や判例動向を常に把握し、貴社のビジネスモデルがジョージアの税法に適合しているかのリーガルチェック、および日・ジョージア租税条約を活用した最適なストラクチャリングについて、包括的にサポートいたします。ジョージアという新たなフロンティアでの挑戦を、法的な側面から盤石なものとするため、ぜひ専門家の知見をご活用ください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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