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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

J-KISSで投資を受ける場合のタームシートとは

主にシード期のスタートアップに対する投資を迅速かつ簡単に行うことができる仕組みであるJ-KISSについては弁護士等が監修した投資契約書のひな型が整備されています。このため、実際にJ-KISSで投資を受ける際に、投資家とスタートアップが投資案件に応じて交渉、決定すべき事項、つまりタームシート上の項目はそれほど多くありません。そこで、J-KISSを用いた投資案件におけるタームシート上で決定すべき事項は何か、また交渉において注意すべき点について説明します。

J-KISSにおける投資契約書とタームシート

J-KISSとは、シード期にあるスタートアップがベンチャーキャピタル等から投資を受ける際に簡単かつ迅速に投資ができるように設計され、かつCoral Capital(旧500 Startups Japan)が投資契約書のひな型を無償で公開している資金調達の仕組みです。その最大の特徴は、投資対象を株式ではなく新株予約権としている点にあります。

新株予約権とすることにより株式を発行する際に必要となる煩雑な手続を省略できることに加え、創業直後であるシード期の企業価値評価(バリュエーション)を将来に繰り延べることができます。シード期はそもそも企業価値の評価が困難ですので、これを先延ばしできることは投資を受けるスタートアップだけでなく投資家側にとってもメリットがあります。

J-KISSの投資対象が新株予約権であることは投資契約の内容にも影響します。一般的なスタートアップの資金調達は株式の発行によって行われるところ、このような株式投資に関する契約書としては株式引受契約と株主間契約が作成されることが通常です。

株式引受契約とは投資家がスタートアップに対して出資する金額とその対価として取得する株式について定める契約であり、契約当事者は投資家とスタートアップとなります。株主間契約とは、文字通り株主同士で締結される契約であり、投資先のスタートアップの経営に関する重要事項について投資家が一定のコントロールを及ぼすことを目的とした契約です。

多くの場合にスタートアップの創業者は50%超の株主となっています。そして、会社法上、持株比率50%超の株主は、一定の重要事項を除いて会社の経営に関する意思決定を他の株主の同意を得ることなくできることになっています。しかし、スタートアップに投資する投資家は持株比率にかかわらず経営に関して一定の関与を求めることが通常です。このような投資家の目的を達成するためには、創業者を含む既存株主との間で株主間契約を締結し、一定の重要事項について事前承認を求めることなどを定める必要があるのです。

一般的な投資契約に関しては、下記記事で詳細に解説しています。

このように、スタートアップが株式により資金調達をしようとする場合には、必要となる投資契約書も長大なものとなりがちでした。これに対し、J-KISSの投資対象は株式ではなく新株予約権であるため株式ほど多くの事項を定める必要がありません。このため、J-KISSを利用して投資を受ける場合の契約交渉は最低限の事項で足りることとなり、タームシート上で決定されるべき事項の数は非常に少ないのです。

J-KISSの概要に関しては、下記記事で詳細に解説しています。

J-KISS投資のタームシート上で決定すべき事項

J-KISSによる投資において、投資家とスタートアップの交渉により、タームシート上で決定されるべき事項は、主に以下の点です。

  • 新株予約権の転換トリガーとなるシリーズAの資金調達額
  • 転換価額における評価上限額としてのバリュエーションキャップ

新株予約権の転換トリガーとなるシリーズAの資金調達額

J-KISSにおいてはシリーズAにおける資金調達が発生したときに新株予約権は株式に転換されます。つまり、シリーズAの資金調達が新株予約権の転換トリガーということになります。

問題は、新株予約権の転換トリガーとなるシリーズAの資金調達額です。J-KISSのひな型では1億円としているためこの金額が一応の目安となるものの、事業内容などによって転換トリガーとすべき資金調達額は変わり得ます。そもそも、J-KISSが投資対象をあえて新株予約権とした理由の一つとして企業価値評価をシリーズAまで先延ばしするという点にありました。そうだとすれば、転換トリガーとなるシリーズAの資金調達額を決める際には少なくとも企業価値評価が可能となる程度にスタートアップが成長した段階であることを考慮する必要があります。

転換価額における評価上限額としてのバリュエーションキャップ

バリュエーションキャップを用いた転換価額の算定方法

J-KISSにおける新株予約権の転換価額については、シリーズAの資金調達において発行される株式の取得価額に一定のディスカウントをして算定する方法が用意されています。ただ、ディスカウントによる算定方法だけだと、J-KISS投資家にとっては新株予約権の転換時点の企業価値が高ければ高いほど取得できる株数が少なくなります。これだと、企業価値を高めたいスタートアップの思惑とJ-KISS投資家の利益とが相反するおそれがあります。このため、J-KISSではディスカウントによる算定方法だけでなく、バリュエーションキャップ(企業価値評価の上限額)を用いた転換価額の算定方法を併用することができます。

具体的には、投資契約書においてバリュエーションキャップを決めておき、転換トリガーとなるシリーズAの資金調達の直前の発行済株式総数でバリュエーションキャップを割り算して得られた金額を転換価額とするものです。

シリーズAの資金調達直前の発行済株式総数は一義的に決まることから、バリュエーションキャップを用いた転換価額の算定を併用する場合、J-KISSによる投資契約の交渉において決定すべき事項はバリュエーションキャップの金額ということになります。

バリュエーションキャップの決め方

バリュエーションキャップの金額に連動してJ-KISS投資家が保有することのできる株数が決まります。そこで、投資家とスタートアップは投資家に最低何株持たせることが妥当であるかということも考慮してバリュエーションキャップを判断する必要があります。

また、バリュエーションキャップの金額は投資家とスタートアップの交渉によって決まる以上、創業者が有名人であるか、そのスタートアップが投資家からの人気が高いか等の要素によっても金額が変わります。もっとも、バリュエーションは高いから良いというわけではありません。当初のバリュエーションが高すぎるとその後のラウンドにおける資金調達が難しくなることもあるため注意が必要です。このバリュエーションキャップの交渉が、J-KISS投資における最大の目玉となります。

まとめ

このように、J-KISSは、投資時にタームシート上で決定されるべき事項の数が非常に少なく、契約交渉の対象が最低限で足りる点にも特徴があります。

J-KISSの投資で投資家が取得した新株予約権はその後シリーズAにおいて通常の株式に転換されます。したがって、転換する際の条件と転換後に投資家が持つことになる株数が重要な交渉のポイントとなります。特に創業者以外の投資家の持株比率はその後の資本政策を左右することとなるため、スタートアップにとっては十分な検討が必要といえます。どのような交渉をすべきかは投資家の属性やスタートアップの事業内容等によっても変わってきますので、実際にJ-KISSによる投資を受ける際には弁護士等の専門家に相談することをおすすめします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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