モナコの不動産を用いたビザ・居住許可の取得

モナコ(正式名称、モナコ公国)は、その政治的安定性、治安の良さ、そして国際的な文化が融合した魅力的なライフスタイルより、世界中の富裕層から知られている国です。モナコの不動産は世界でも最も高価な市場の一つとして知られており、その平均価格は1平方メートルあたり€80,000にも達すると言われます。ただ、この高額な不動産への投資は、単なる資産形成に留まらず、ビザ・居住許可の取得にも繋がります。
本記事では、モナコにおける不動産の売買や賃借を利用した居住許可取得というテーマについて、日本の投資家や経営者が特に知っておくべき、法的手続きや実務上の詳細を解説します。
この記事の目次
モナコでの居住許可取得プロセス
モナコでの居住を希望する外国人は、16歳以上であれば3ヶ月を超える滞在を目的とする場合、モナコ政府に居住許可(Carte de séjour)を申請する必要があります。この申請プロセスは、申請者の国籍によって異なり、特に日本国籍のような非EEA(欧州経済領域)圏の国民は、独自の二段階の手続きを踏む必要があります。
まず第一段階として、居住許可申請の前提となるのは、居住地の最寄りのフランス大使館または領事館で、モナコ長期滞在ビザ(ビザD)を申請することです。モナコはフランスとの間で特殊な関係を有しており、ビザDはモナコへの居住を目的とした入国許可証として機能します。日本など多くの国の法制度と異なり、第三国であるフランスの法制度が介在される、ということになります。
次に第二段階として、このビザDを無事取得し、モナコに入国した後に、モナコ政府の警察行政部門(Direction de la Sûreté Publique)に対して正式な居住許可申請を行います。この際、初めてモナコ当局による本格的な審査と面接が行われ、最終的に居住許可証が交付されるという流れになります。
モナコにおける居住許可申請の要件

モナコ政府が居住許可を発行するにあたっては、申請者がその要件を確実に満たしていることを証明する必要があります。これらの要件は、1964年3月19日付主権令第3.153号などに基づき定められており、モナコへの移住の意思と能力を有しているかを示すためのものです。
主要な要件は、以下の3つです。
- 居住証明:申請者と家族が、モナコ国内に十分な広さの住居を確保していること。
- 財政能力証明:モナコでの生活を営むための十分な経済的手段があること。
- 無犯罪証明:犯罪歴がないこと。
これらの要件に加え、身分証明書や健康保険など、複数の書類を提出する必要があります。
モナコにおける居住証明の要件
モナコ居住許可取得における最重要要件が「居住証明」です。申請者は、自身と家族の人数に応じた十分な広さの住居を確保していることを証明しなければなりません。この証明方法として、複数の選択肢が認められています。
不動産を個人で購入または賃借する場合
最も直接的な方法の一つは、モナコ国内の不動産を個人名義で取得することです。この場合、公証役場で作成された不動産登記済証(acte notarié de propriété)が居住証明書類として提出されます。あるいは、不動産を賃借する場合、最低1年間有効な賃貸契約書(bail à loyer)を締結し、これを税務当局に登録することが必要となります。モナコの不動産賃貸市場は高額であり、良質なアパートメントの賃借には月額€6,000以上が見込まれることもあります。
法人名義で不動産を所有する場合
不動産を個人名義ではなく、法人名義で所有することも居住証明として認められています。この場合、申請者自身がその不動産を所有する会社の取締役(director)または株主(unit holder)であることを証明する必要があります。この目的のために、モナコでは「民事会社(Société civile)」、通称「SCI」と呼ばれる法人形態が広く利用されています。この民事会社は、不動産を含む非商業的な資産の管理を主たる目的として設立され、少なくとも2名のパートナー(個人または法人)によって構成されます。
この法人形態を用いるメリットは、資産の所有と管理を一つの法人に集約できるため、管理の効率性が向上することです。また、日本の民法上の「共有」に近い「indivision(共有持分)」の状態とは異なり、会社定款によって経営に関する意思決定プロセスを柔軟に設計できるため、将来的な紛争を回避しやすいという利点もあります。
モナコの居住許可と「ゴールデンビザ」
なお、モナコに「ゴールデンビザ」制度、すなわち不動産投資だけで居住権が自動的に付与されるような仕組みは存在しません。この点は、モナコ政府の公式情報でも明確に言及されています。当局は、居住許可の付与が「投資」ではなく、「財政的な自給自足(sufficient financial means)」を証明することに基づいていることを強調しています。
ただ、現実問題として、モナコに不動産を(賃借ではなく)所有しているという事実は、後述する「十分な財政能力証明の要件」との関係で、有利に働くと思われます。居住許可の審査には裁量的な部分が少なからず存在するところ、モナコで高価な不動産を所有できるという事実は、申請者が形式的な基準をはるかに上回る、強固で安定した財産基盤を有していることを示す間接的な証拠と言えるからです。
モナコにおける十分な財政能力証明の要件

モナコでの生活を支えるための「十分な財政能力」の証明は、居住証明と並んで最も重要な要件の一つです。この要件を満たす方法は、主に以下の4つの選択肢があります。
モナコ国内の銀行口座への預金
最も一般的な証明方法は、モナコの銀行に口座を開設し、十分な額の資金を預金することです。モナコ政府は、この「十分な額」について公式な最低額を定めていませんが、実務上は少なくとも€500,000の預金が求められるとされます。ただし、銀行によっては€1,000,000程度の預金を要求する場合もあるため、事前の確認が必要です。申請時には、この預金残高が記載された、モナコ国内の銀行が発行する証明書(Bank Reference Letter)を提出する必要があります。
モナコの企業での雇用
モナコでの雇用契約がある場合も、財政能力の証明となります。この場合、モナコ政府が雇用を許可した旨の証明書を、雇用契約書の写しとともに提出することが求められます。
モナコでの事業活動
モナコで事業を立ち上げる場合、政府から事業活動の許可を得た証明書が財政証明となります。この方法を選択する申請者は、事業がモナコ経済に貢献することを期待されており、新規雇用を創出することが求められる場合もあります。
第三者による財政支援
配偶者や親族など、モナコに居住する第三者からの財政支援を受ける場合も、財政能力証明として認められます。この場合、支援者が十分な経済力を持っていることを示す書類と、支援を行う旨の署名入り書簡が必要となります。
その他のモナコにおける居住許可取得の重要要件
居住証明と財政能力証明のほかに、以下の要件も満たす必要があります。
無犯罪証明書
申請者は、過去5年間で90日以上居住した国全てから、無犯罪証明書(Police Clearance Certificate)を提出することが求められます。日本の場合は、外務省の依頼に基づき、都道府県警察が「犯罪経歴証明書」を発行します。この証明書は、渡航先の公的機関から提出を求められている場合にのみ取得できるという、日本特有の制度です。申請時には、証明書の発行から3ヶ月以内のものであることが必須となります。
なお、警察庁が定める基準によれば、特定の刑罰については、一定の期間が経過し、再犯がない場合には、証明書に記載されません。この記載基準は、刑の軽重によって異なり、具体的には、以下の通りです。
- 罰金以下の刑(軽犯罪など):刑の執行を終わり、またはその執行の免除を受けた後、罰金以上の刑に処せられないまま5年を経過すると記載が抹消されます。
- 禁錮以上の刑:刑の執行を終わり、またはその執行の免除を受けた後、罰金以上の刑に処せられないまま10年を経過すれば、同様に記載されません。
- 執行猶予:猶予期間が取り消されることなく経過すれば、証明書に記載されることはありません。
- 交通違反の一部である反則行為:そもそも刑罰の対象ではないため、証明書には記載されません。
そして、モナコではどのような種類の犯罪が許容されるか、また、どのくらいの期間が経過すれば許容されるかについて、明確な法的基準や規定は公開されていません。審査の目的は、申請者が「良き人格」を有していることを確認することにあり、その判断は当局の裁量に委ねられています。
健康保険
モナコでの医療費は高額となるため、モナコでの滞在期間をカバーする適切な健康保険に加入していることも必須要件となります。
モナコにおける居住許可カードの種類と更新

モナコでの居住許可が承認されると、まず「Carte de résident temporaire」(一時居住許可証)が発行されます。このカードの有効期間は1年で、最長3年まで毎年更新が可能です。3年が経過すると、次の段階として「Carte de résident ordinaire」(通常居住許可証)が発行され、これは3年ごとに更新されます。そして、モナコでの居住期間が通算10年を超えると、「Carte de résident privilégié」(特権的居住許可証)の申請資格が得られ、これは10年ごとに更新が可能になります。
これらの居住許可証の更新には、引き続き居住証明と財政能力証明を満たす必要があります。さらに、モナコ当局は、居住許可の更新に際して、単なる住所の登録だけでなく、申請者が実際にモナコに居住していることの証明を求めています。その証拠として、電気料金の領収書やクレジットカードの利用明細などが用いられることがあります。
居住期間が10年を超えると、最終的にモナコ国籍の帰化申請を行うことが可能になります。ただし、モナコの国籍法は、二重国籍を認めていません。そのため、モナコ国籍を取得する際には、日本国籍を含む以前の国籍を放棄しなければならないという重要な要件があります。
まとめ
モナコでの不動産を用いたビザ取得は、単に高額な不動産を購入し、銀行に多額の資金を預け入れるだけで完了するものではありません。そこには、日本法とは異なるモナコの複雑な法制度や、フランス政府を介した独自のビザ申請プロセスなど、専門知識と準備が不可欠となります。
特に、「民事会社(SCI)」を活用した居住証明や、多様な選択肢がある財政証明、そして日本とは異なる無犯罪証明書の取得手続きは、高度な法的戦略と実務上の知見を伴うものです。これらの手続きは、単独で進めるには多くのリスクと不確実性を伴います。現地の銀行との交渉、不動産取得・賃貸契約に関する法務、そして何よりも、お客様のライフプラン全体を見据えた最適な法人形態の選択と設立・運営には、国際的な法務と税務に精通した専門家による一貫したサポートが不可欠だと言えるでしょう。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務