ロシア連邦の会社形態と会社設立

ロシア連邦における会社設立手続や事業体の法的性質は、日本の制度と大きく異なる場面が多々あります。ロシアにおける主要な事業体である有限責任会社(OOO)と株式会社(АО)を中心に、その法的根拠、設立手順、そして運用における日本法との相違点を解説します。
ロシアの法律は、日本と同様に大陸法(Civil Law)の伝統に深く根ざしており、会社の形態や設立に関する主要な規範は、ロシア民法典(Гражданский кодекс Российской Федерации, ГК РФ)です。日本がドイツ法をモデルに発展したのと同様に、ロシアもまた西欧諸国に範をとり、体系的な法典を整備することで近代的な法秩序を構築してきました。ロシア法は判例法(Case law)を正式な法源とは認めていない点が特徴的です。しかしながら、実際の実務においては、裁判官が類似の事案における過去の判例を参照する慣行もあります。
本記事では、ロシアにおける会社の形態と、会社設立の手続きについて解説します。
なお、ロシア連邦の包括的な法制度の概要は下記記事にてまとめています。
この記事の目次
ロシアにおける事業体の法的根拠と種類
有限責任会社(Общество с ограниченной ответственностью, OOO)
有限責任会社(OOO)は、ロシア民法典および連邦法である「有限責任会社に関する法律」第14-FZ号(1998年2月8日付)によってその規定される、独立した法人格を有する事業体です。出資者の責任は、原則として会社の債務に対して出資額に限定されます。最低資本金は1万ルーブルと日本の合同会社(GK)と同様に比較的低く設定されており、設立手続きも簡素であることから、外国投資家にとって最も一般的で人気のある会社形態となっています。
OOOのガバナンスは、参加者(出資者)の総会、および執行機関(通常は総支配人)によって構成されます。日本の合同会社(GK)が「社員」と呼ばれる出資者が同時に経営権を持つ「所有と経営の一致」を基本とするのに対し、OOOでは所有者である「参加者」と執行者である「総支配人」が明確に分離されることが一般的です。OOOの持分は「 participatory interests」と呼ばれ、株式とは異なり有価証券ではありません。このため、OOOの持分を第三者に譲渡する取引は公証が義務付けられており、統一国家法人登録簿(EGRUL)への変更登録が必要となります。
株式会社(Акционерное общество, АО)
株式会社は、ロシア民法典および連邦法である「株式会社に関する法律」第208-FZ号(1995年12月26日付)によって規定されます。かつては公開株式会社(ОАО)と非公開株式会社(ЗАО)に分けられていましたが、現在の法令では公開株式会社(Публичное акционерное общество, PJSC)と非公開株式会社(Непубличное акционерное общество, non-PJSC)に再編されています。
PJSCは株式を公募することができ、株式の譲渡に株主の許可を必要としません。一方、non-PJSCは株式を創業者や事前に定められた少数のグループに限定して発行します。PJSCの最低資本金は10万ルーブル、non-PJSCは1万ルーブルです。株式会社は株主名簿の管理が義務付けられており、より厳格なコーポレートガバナンスが求められるため、大規模な事業や将来的な資金調達を視野に入れる場合に選択される傾向にあります。
外国企業の駐在員事務所と支店
駐在員事務所(Representative Office, RO)と支店(Branch)は、いずれも親会社(外国企業)の一部であり、ロシア国内で独立した法人格を持ちません。
支店は商業活動を行うことが可能であり、法人税やVATなどの税制がOOOや株式会社と同様に適用されるため、実務上は独立した事業体として扱われます。対照的に、駐在員事務所は市場調査、広告、マーケティングなどの準備的・補助的活動に限定され、商業活動を行うことはできません。
ロシアと日本の会社形態の比較

ロシアの会社制度は、日本と同様に民法を基礎とする大陸法系であることから、全体的な枠組みには共通点が多く存在します。しかし、実務上、注意すべき本質的な違いが多数存在します。
有限責任会社(OOO)と日本の合同会社の比較
日本の合同会社は、2006年の会社法改正で導入された比較的新しい会社形態であり、米国LLCの柔軟性を参考に設計されました。ロシアのOOOもまた、有限責任の原則と柔軟なガバナンス構造を持つ点で、日本の合同会社と多くの共通点を持ちます。
日本の合同会社は「所有と経営の一致」を前提とし、出資者(社員)が直接経営に携わることが一般的です。一方、ロシアのOOOでは、定款で別途定めがない限り、総会と総支配人という二つの機関が設けられることが通例であり、日本の株式会社に近いガバナンス構造を持つと言えます。この点は、日本の経営者が想定する合同会社の運用モデルと、ロシアのOOOの実務との間に齟齬が生じる可能性があるため、特に注意が必要です。
日本の合同会社の持分譲渡は、原則として他の社員全員の同意が必要ですが、ロシアのOOOの「 participatory interests」譲渡も同様に、他の参加者の同意が必要となる場合があります。しかし、ロシア法では、譲渡契約が公証人の認証を受け、統一国家法人登録簿(EGRUL)への変更登録が必須とされている点が日本と大きく異なります。この公証手続きは、法的確実性を担保するためのロシア法特有の厳格な要件であり、日本人にとっては見慣れない手続きと言えるでしょう。
株式会社(АО)と日本の株式会社の比較
ロシアの株式会社(АО)と日本の株式会社は、いずれも株式の発行を前提とし、株主の責任が出資額に限定される点で共通しています。
日本の株式会社では、株式の譲渡制限を設けることが可能であり、非公開会社として運用されることが一般的です。ロシアのnon-PJSCも同様に、株式の譲渡が制限されます。しかし、ロシアでは株式会社が株主名簿を必ず外部の登録機関に委託して管理しなければならない点が、日本とは異なります。
OOOの法的公開性
調査結果から、ロシアのOOOと日本のGKのガバナンス構造には共通点と相違点があることが見て取れます。日本のGKはメンバーの自由な意思決定を尊重する傾向が強いのに対し、ロシアのOOOは、総会や総支配人といった機関の設置を義務付けることで、より形式的な管理体制を敷いています。この違いは、法的・実務的な透明性にも影響を及ぼしていると言えます。
ロシアでは、OOOの参加者(所有者)に関する情報が統一国家法人登録簿(EGRUL)を通じて公開されている一方で、株式会社(АО)の株主情報は非公開となっています。日本のGKの社員情報は非公開であるのに対し、ロシアのOOOは公開情報であるという点は、プライバシーを重視する日本の経営者にとって、特に注目すべき重要な相違点です。このことから、ロシアでは、会社設立の段階で、ガバナンスの柔軟性だけでなく、所有者情報の公開・非公開という観点からも最適な形態を選択することが求められることが言えるでしょう。
項目 | ロシア 有限責任会社(OOO) | ロシア 株式会社(PJSC/non-PJSC) | 日本 合同会社 | 日本 株式会社 |
---|---|---|---|---|
法的根拠 | ロシア民法典、連邦法「有限責任会社法」 | ロシア民法典、連邦法「株式会社法」 | 会社法 | 会社法 |
最低資本金 | 1万ルーブル | PJSC:10万ルーブル、non-PJSC:1万ルーブル | なし(事実上1円以上) | なし(事実上1円以上) |
所有者情報公開 | EGRULを通じて公開 | 株主名簿は非公開だが、外部の登録機関への管理委託が必要 | 非公開 | 非公開(登記事項証明書で確認可能) |
ガバナンス | 総会、総支配人など | 総会、取締役会など | 社員が経営権を持つ | 取締役会設置が一般的 |
持分/株式の性質 | 持分(有価証券ではない) | 株式(有価証券) | 持分 | 株式 |
持分/株式譲渡 | 公証・EGRUL登録が必須 | 株主名簿の変更で対応 | 定款の定めによる | 株券不発行会社では株式名簿の変更で対応 |
ロシアの会社設立手続きの詳細と実務上の注意点
ロシアで会社を設立するプロセスは、複数の政府機関が関与する体系的な手続きであり、各段階で厳格な要件が課されます。
事業計画と法的な準備
設立プロセスを開始する前に、事業形態、会社名、法務責任者、そして最も重要な「法的住所(Юридический адрес)」を決定する必要があります。法的住所は、郵便物や税務当局からの通知を受け取るための、単なるバーチャルオフィスではない「実在するオフィス」であることが求められます。賃貸借契約書に加え、貸主からの保証書(guarantee letter)や不動産の所有証明書のコピーが、登記申請に必要となる場合があります。
設立書類の作成と公証
設立決議書、定款、複数株主がいる場合は株主間契約書(shareholders’ agreement)などの必要書類を作成します。ロシアのOOOでは、設立時に「モデル定款」(model articles of association)を利用することも可能であり、これには36のバージョンが存在します。しかし、実務上は個別の事業内容に合わせて定款をカスタマイズすることが多く、このオプションはほとんど利用されていないのが現状です。
作成された登記申請書類は、公証人の前で各株主またはその総支配人本人が署名することが義務付けられています。日本の会社設立手続きでは、委任状による代理署名が一般的であるのに対し、ロシアでは委任状(power of attorney)による署名は認められていません。この厳格な本人確認要件は、日本の実務とは大きく異なる点です。もし外国で署名された書類を使用する場合は、当該国の公証に加え、アポスティーユ(または領事認証)が必須となります。日本とロシアはハーグ条約の加盟国であるため、アポスティーユ認証が適用されます。
統一国家法人登録簿(EGRUL)への登録
準備された書類をロシア連邦税務庁(Federal Tax Service, FTS)に提出します。登録手続きは通常5営業日で完了し、登録されると、会社にOGRN(主要国家登録番号)とINN(納税者識別番号)が付与されます。EGRULは、ロシアの全法人に関する情報を一元管理する公的なデータベースであり、会社名、法的形態、住所、取締役、出資者情報などが公開されています。日本の商業登記簿謄本にあたるものですが、OOOの所有者情報が公開されているという点で、日本とは異なります。
設立後の手続き
登記完了後、会社は銀行口座を開設し、最低資本金(OOO、non-PJSCともに1万ルーブル)を払い込む必要があります。日本の資本金制度では設立時に全額払込が一般的ですが、ロシアでは登記後に払い込むことが可能です。また、ロシアでは会社の公式な「印章(stamp)」を作成することが義務付けられており、これは取引や公的書類の認証に不可欠なツールとなります。
ロシアの労働許可とVKS制度

日本の本社からロシア子会社の総支配人(CEO)を派遣する場合、労働許可の取得は不可欠な手続きとなります。このプロセスは、日本の経営者にとって、時間と労力を要する課題の一つです。
標準的な労働許可取得のプロセスとその課題
外国人がロシアで働くには、原則として労働許可証(work permit)または就労パテント(patent)を取得する必要があります。この手続きは通常2〜3ヶ月を要し、しかも会社が正式に設立された後にのみ申請が可能となります。
さらに、総支配人の労働許可申請書類は、ロシア国籍の人物である「総支配人」が署名しなければならないという実務慣行が存在します。このため、外国人総支配人を就任させるために、まずロシア国籍の人物を一時的な総支配人として任命しなければならないという、二段階の手続きが必要です。
「高度専門家(Highly Qualified Specialist, VKS)」制度の活用
この煩雑な手続きを回避するため、またはより迅速な事業開始を目指すための実務的な解決策として、「高度専門家」(VKS)制度の活用が挙げられます。
この制度は、特定の専門知識や経験を持つ外国人専門家を迅速に受け入れることを目的としており、通常の労働許可と比べて大きな優位性があります。具体的には、申請から許可取得までの期間が約1ヶ月半と大幅に短縮され、許可期間も3年間と長く、更新手続きも簡素です。
なお、VKSの給与は年間200万ルーブル以上(月額約16.7万ルーブル)であることが求められますが、これは日本の経営者レベルの給与水準を考慮すれば、十分に満たせる条件であると言えるでしょう。さらに、VKSはロシア入国後、直ちに13%の所得税率が適用されるという税制上の優遇措置も受けられます。
まとめ
ロシアでの事業展開は、広大なポテンシャルを秘めている一方で、日本の法制度や商慣習とは大きく異なる特有の課題を乗り越える必要があります。特に、法令の厳格な適用、設立書類の公証・認証要件、外国人役員の労働許可取得における複雑な手続きなどは、日本の経営者が直面する可能性のある重要な障壁となり得ます。これらの課題は、単なる情報収集だけでは解決が難しく、ロシア会社法と実務に精通した専門家のサポートが不可欠です。
関連取扱分野:国際法務・ロシア連邦
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務