ダンス(舞踊)の振り付けは「著作物」なのか?~判例を解説~
平成20年の学習指導要領改訂により、中学校第1学年及び第2学年でダンスが必修になり、第3学年でも選択履修できるようになりました。
小学校では表現運動系の科目が以前から必修でしたが、中学校でもダンス教育が行なわれるようになり、ダンス人口の増加が予想されます。
さらに、動画配信サイトでも「踊ってみた」動画は人気化しています。ですが、ダンスの「著作権」問題の重要性が増すこととなるでしょう。
この記事の目次
学校教育とダンス
学校教育でのダンスは3種類に分かれており、学校側がどれか1つを選んで生徒に指導するのですが、下記の3種類があるようです。
- 創作ダンス
- フォークダンス
- 現代的なリズムのダンス
また、文部科学省が公開している『ダンス指導のためのリーフレット』では、「現代的なリズムのダンス」の「リズムと動きの例」として、「ロックやヒップホップなどのリズムの特徴をとらえて踊る」とあり、
「創作ダンス」と「フォークダンス」に比べると難易度は上がりますが、「テレビで見ているダンサーたちのように踊る」という夢は、ダンス学習のモチベーションを高めることとなるでしょう。
では、こうしたダンスのステップやその組み合わせである振り付けは、著作物として、保護されるのでしょうか?
ダンスと著作権
著作権とは、著作物を保護するための権利のことをいいます。
著作権法第2条1項1号には、著作物とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」と示されています。
「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」と示されています。
また、第10条1項で「著作物の例示」がなされており、この3号に「舞踊又は無言劇の著作物」とあることからダンスの振り付けは、「舞踏」に該当すると考えられます。
実際、バレエ(東京地方裁判所1998年11月20日判決)や日本舞踊(福岡高等裁判所2002年12月26日判決))の著作物性を肯定した裁判例もあります。
一方、全ての振り付けが著作物と認められるわけではありません。
例えば、手あそび歌の「キラキラぼし」の振付けについては、「歌詞に合わせて両手首を回すことは、星が瞬く様子を表すものとして、誰もが思いつくようなありふれた表現」であるとして、著作物性を否定した裁判例があります(東京地方裁判所2009年8月28日判決)。
ここからは、いくつかの事例を見ながら、著作物と認められるか否かのポイントを考えてみたいと思います。
著作物と認められなかった事例
映画「Shall we ダンス?」のダンスシーンで用いられたダンスの振り付けを考案し、ダンサーを指導した振付師である原告が、
映画会社によるビデオグラムの販売・貸与、テレビでの放映等の二次利用によって、原告の有する上記ダンスの振り付けに係る著作権(複製権、上映権、公衆送信権及び頒布権)が侵害されたと主張して、損害賠償を請求した事例があります (東京地方裁判所2012年2月28日判決 )。
本件映画のダンスの振り付けに著作物性が認められるか否かが主な争点ですが、
社交ダンスには、基本ステップと呼ばれるものが数多くあり、その基本ステップを抽出し、組み合わせて一つの流れを作ることが振り付けであり、基本ステップの抽出・組合せという点で創意工夫がされるものであるとし、本件振り付けには、独創性・創作性があり、本件振り付けの著作権者である。
と主張しました。
これに対し、裁判所は、
社交ダンスは原則として、基本ステップや「ポピュラーバリエーション」に掲載されているPVステップ等の既存のステップを自由に組み合わせて踊られるものであり、基本ステップやPVのステップ等の既存のステップはごく短いものであり、かつ、社交ダンスで一般的に用いられるごくありふれたものであるから、これらに著作物性は認められない。
としました。また、
基本ステップの諸要素にアレンジを加えることも一般的に行われていることであり、基本ステップがごく短いものでありふれたものであるといえることに照らすと、基本ステップにアレンジを加えたとしても、アレンジの対象となった基本ステップを認識することができるようなものは、基本ステップの範ちゅうに属するありふれたものとして著作物性は認められず、社交ダンスの振り付けが著作物に該当するというためには、それが単なる既存のステップの組合せにとどまらない顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要であると解するのが相当である。
と、判断しました。
振り付けについての独創性を緩和し、組合せに何らかの特徴があれば著作物性を認めるとすると、わずかな差異を有するにすぎない無数の振り付けについて著作権が成立してしまいます。
結果的に特定の者の独占が許されることになり、振り付けの自由度が過度に制約されることになりかねないことを危惧した判断といえます。
著作物と認められた事例
フラダンス伝承者として認められた指導者を意味する「クムフラ」の一人である米国人女性が、
自ら創作した振り付けを許可なく使われ続け、著作権を侵害されているとして、フラダンス教室の運営団体に上演差し止めなどを求めた事例があります(大阪地方裁判所2018年9月20日判決)。
原告は、
1980年代からフラダンス教室の運営団体の依頼を受けて日本で指導を開始し、2014年に契約が解除された際に指導した振り付けを使わないよう伝えたが、運営団体はその後も上演を続けていた。
フラダンスのハンドモーションやステップは家族や恋人らへの愛情を表し、先代から受け継がれたものも含まれ個性が表現されている。
と主張しました。一方の運営団体側は、
フラダンスは基本動作の組み合わせにすぎず、著作権はない。
と反論して、振り付けの著作物性が主な争点となりました。
裁判所は、
ハンドモーションで歌詞の意味を表現し、ステップでリズムをとりながら流れを作るというのがフラダンスの基本であるとしました。その上で、それぞれの動作自体はありふれたものであったとしても、それを当該歌詞の箇所に振り付けることが他に見られないものであれば、当該歌詞の表現として作者の個性が表れていると認めるのが相当である。
楽曲の振付けとしてのフラダンスは、そのような作者の個性が表れている部分やそうとは認められない部分が相俟った一連の流れとして成立するものであるから、そのようなひとまとまりとしての動作の流れを対象とする場合には、舞踊として成立するものであり、その中で、作者の個性が表れている部分が一定程度にわたっている本件のような場合には、そのひとまとまりの流れの全体について舞踊の著作物性を認めるのが相当である。
として、フラダンス教室の運営団体に会員への指導、上演を禁じ、43万3158円の賠償金の支払いを命じました。
「Shall we ダンス?」では、振り付けに著作物性が認められるには「顕著な特徴を有するといった独創性」が必要とされたのですが、独自性があれば、振り付け全体についてではあれ、著作物性が認められることになり、必要な創作性の程度は低くなったと言えます。
今後は、クラシックダンスや伝統舞踊だけでなく、動きや振付がより複雑で選択の幅も広いロック・ダンスやヒップホップ・ダンスについても、広く著作物性が認められていくこととなる可能性が高いでしょう。
では、ダンスの振り付けに著作物性が認められた場合には、どうなるのかを見ていきます。
著作物の利用
振り付けに著作物性が認められた場合、どのような対応が必要となるのでしょうか。
振付師の著作権者としての権利
振り付けに著作物性が認められた場合、振付師は著作権法により、
- 公衆の前で踊る上演権(第22条)
- 録画する複製権(第21条)
- 変形したりする翻案権(第27条)
- 振付けの動画を上映する上映権(第22条の2)
- インターネット配信する公衆送信権(第23条1項)
- 複製物を販売頒布権(第26条2項)
等の権利を有することとなり、また、著作者人格権として、
- 未公表振付けの公表の有無、時期、方法等を決定する公表権(第18条1項)
- 発表に際して氏名表示の有無、内容(本名、芸名等)を決定する氏名表示権(第19条1項)
- 自己の意に反して振付けを変更、改変等されない同一性保持権(第20条1項)
の権利を有することとなります。著作物と認められたダンス振り付けを利用する場合には、これらを侵害することのないよう、注意が必要になります。
ダンス振り付けの利用
ダンス振り付けが著作物とされた場合、その振り付けを踊るためには、どうしたらいいのでしょうか?その都度、著作権者の許諾を求める必要があるのでしょうか?
著作権法に、
著作者は、その著作物を、公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として(以下「公に」という。)上演し、又は演奏する権利を専有する
著作権法 第22条
とあるので、「公衆に直接見せ」る場合は許諾が必要ですが、ということは直接見せるわけでない場合には、許諾は不要です。
つまり、著作権法においては、「公衆」とは、不特定の者、または「特定かつ多数の者」(第2条5項)なので、ひとりで踊ったり、友人数人の前で踊ったりする場合には問題ありません。
ただ、学校の生徒や、会社の同僚等、数百人の前で踊る場合には、特定かつ多数になってしまいます。
しかし一定の場合は例外規定により、許諾が不要です。
公表された著作物は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金(いずれの名義をもつてするかを問わず、著作物の提供又は提示につき受ける対価をいう。以下この条において同じ。)を受けない場合には、公に上演し、演奏し、上映し、又は口述することができる。ただし、当該上演、演奏、上映又は口述について実演家又は口述を行う者に対し報酬が支払われる場合は、この限りでない
著作権法 38条1項
とあります。 よって、入場料、会場費、会費等を徴収せず、出演料を支払わない文化祭や社内行事であるなら、権利処理は不要と考えられます。
ダンス振り付けの動画利用
動画配信サイトにおける「踊ってみた」動画については、個人使用の範囲としてとらえることができるという法律的見解があります。
著作権法第30条では、著作物は、「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とする」場合には、「複製することができる」とされています。この複製した物を投稿する行為をどうとらえるかについて、見解が分かれています。
もちろん、これをメディアに焼くなどして販売し、利益を得てしまえば法律にふれる可能性がありますが、配信サイトでその動画を配信するというだけならば、それぞれの個人が行っているかぎりでは問題になる可能性は低いと思われますし、この場合、広告収入があっても、それだけで「利益を得ている」と判断されるか否かは、微妙です。
最近見られるようになった「オンラインダンスレッスン」等の場合、収入を得るための活動ですが、レッスン料等の「販売」やスーパーチャット(投げ銭)を受け取る場合には、自己が著作権を持つ振り付けでなければ、著作権者の許諾が必要となります。
動画配信の場合、音楽著作権に基づく楽曲使用は意識が高まっていますし、対応も進んでいるようですが、ダンス著作権にも注意が必要です。
まとめ
簡単に判断できる問題ではないのですが、ダンス(舞踊)の振り付けに著作権は存在する、振り付けは著作物に該当するという前提で対応するのが安全でしょう。
なお、利用方法や許諾に関しては、難しい問題ですので、経験豊かな弁護士に相談することをお勧めします。
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